受け入れるということ。

受け入れるということ。

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コラム
低出生体重児で産んだ息子が運ばれた病院
そこは埼玉の川口市にある専門の医療センターだった。

クソブログに書いている私の元夫は
毎日のように通ってくれていた。
そこだけは感謝してる。
そこだけだけど!

ただ、周りのことは全く見れないもので
何の情報もなく
その子を始めて見たのは私が退院して
息子に会いに行ったその時だった。

小さい息子はやっぱり痛々しかった。
でも、ここでは目立たない。
周りの子が全員同じように小さい
もしくは
二度見してしまうような
衝撃的な新生児が並んでいたからだ。
正直言うと
約二週間、見ていないわが子を
認知できるか不安だった。
でも見た瞬間
笑っちゃうくらい私にそっくりw
あー私の子だとはっきりわかったものでした。

その隣・・それがその子
今思い出してもちょっと辛い。
みつくち(口唇裂口蓋裂)の
小さい女の子がねんねしてた。
鼻から下が黒いって印象。
ちゃんと見れなかったの。
でも私って
なんでも疑問は聞いてしまうのね。
近くにいた看護師さんに
「ごめんなさい、聞いてもいいですか?」って言った途端
すぐに理解されたようで
「この子の親御さん、一度もきてないんですよ」
もうね、この図々しい私でも
言葉が詰まった。

この女の子のご両親は
彼女の現実を受け止められなかった。
うちの息子を撫でながら
看護師さんは続けた。
「あなたは幸せだね~」って。

あの女の子は
今どうしているのだろう。
息子の退院の日、まだ両親が来ていないと聞いた。
彼女の幸せを
祈らずにはいられない。
なんだかんだ言っても
通り過ぎた男たちより
こういう出会いは
忘れられない。

でも実際
私がこの子の母親だったら
受け入れることが出来たのだろうか。
それはタラレバであって
分からない。
「受け入れるということ」は
今、平和に生きてる私たちが想像するより
大変なことなのかもしれない。


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