お盆明けに見た母の夢。昭和の「激しすぎる嫁姑バトル」を思い出して

お盆明けに見た母の夢。昭和の「激しすぎる嫁姑バトル」を思い出して

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お盆も無事に終わりましたね。
あなたも、少しホッと一息つかれている頃でしょうか?


実は私、久しぶりに亡くなった母の夢を見ました。


その夢をきっかけに、
母の壮絶だった(笑)思い出をひとつ思い出したので、
今日はちょっと書いてみようと思います。


私の母は、昭和の「嫁姑問題」で
本当に苦労した人でした。


同居していた祖母は、
ご近所でも有名なレベルの……
なかなかの「意地悪ばあさん」(笑)。


戦争で両親を亡くした母は
自分の祖父母に育てられました。


そんな両親がいなかった母に対して、
「うちが拾ってやったんだから」なんて
ご近所に言いふらす始末でした。


さらに当時は、強烈な「長男教」の時代です。
祖母は自分の長男(父)と孫の長男(兄)の
男組だけを猫可愛がりし、


長男の嫁である母をいじめる……という、
昔の昼ドラのようなコテコテの構図が我が家の日常でした。


当然、私と妹も長男ではないために
「可愛がられない組」へ一直線!(笑)


例えば、お正月の親戚一同の集まりでは
母と私と妹のみが給仕役で他はみんなで
にぎやかに宴会をする、そんな感じでした。


でも、そのおかげで面白かったのが、
「いじめられっ子同盟」の結成です。


祖母からの冷たい視線をかいくぐりながら、
母と私と妹の3人で寄り添い合って、
コソコソと温もりを分け合っていました。


私たちが大きくなったからこそ
この同盟は結成できましたが
私と妹が小さいうちは
母一人で孤軍奮闘していました。


部屋の片隅で泣いていたのを何度も見ていたので
小さいながら母を守ろうという気持ちは
ずっと心の奥底にありました。
それが「いじめられっ子同盟」の
結成に繋がったんですよね(*^-^*)


母の夢を見て思い出したのは
そんな3人で身を寄せ合って笑っている、
どこか愛おしい1シーンでした。


当時は大変なことも多かったけれど、
あのアウェイな環境があったからこそ、
母と私たち姉妹の絆は深くなったのかもしれません。


天国のお母さん、今頃はおばあちゃんから離れて、
好きなものを食べてゆったり過ごせてるといいな。


今日もお疲れ様でした。
あなたが、大切な人との温かい思い出に包まれる夜になりますように。

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