はじめに
先日、会社で知人のサイトロゴ作成のサポートをする機会がありました。クライアントは既に自分で何度か試みているものの、どうしても納得いくものができず行き詰まっている状態。
私は1時間で10案ほど作成して提案しました。一方、一緒にアサインされたもう一人のメンバーは、5時間経ってもまだ悩み続けていました。
この経験から、クライアントワーク、特にデザイン領域における「スピード」と「品質」の関係について、改めて考えさせられることがありました。
クライアントは自分が何を求めているか言語化できない
「犬が好きだから犬をロゴに」問題
今回のクライアントは、すでに自分でいくつかロゴを試作していました。しかし見てみると、デザインの基本以前のところで躓いている印象を受けました。
例えば:
・「犬が好きだから犬をモチーフにしたい」
・実際は医療系のサービスなのに、これでは動物病院と勘違いされる
・自分の好みとユーザーの認識は別物
これは決してクライアントを批判したいわけではありません。むしろ、多くのクライアントが同じ状況にあるということを理解することが重要なのです。
ヒアリングの限界
通常、デザインプロジェクトでは最初にヒアリングを行います。
「どんな配色がいいですか?」
「どんなモチーフがいいですか?」
「どんなテイストがいいですか?」
しかし、デザインの共通言語を持たないクライアントに対して、これらの質問は機能しません。
出てきた答えは、多くの場合「その場で思いついたこと」に過ぎません。そして最終的に選ばれるデザインは、当初の要望とまったく違うものになることがほとんどです。
「最初言ってたやつはなんだったの?」というレベルで変わります。
言葉ではなく、ビジュアルで会話する
共通言語がないときの対処法
デザインについて言葉でやり取りするのは、双方にデザインの経験があり、共通の前提知識や共通言語がある場合にしか成立しません。
では、共通言語がない相手とどうコミュニケーションをとるか?
答えは明確です。ビジュアルそのものを媒介にする。
「たたき台」の威力
ヒアリングで答えを引き出そうとするのではなく、具体的なビジュアルを見せて反応を引き出す。これが最も効率的なアプローチです。
ここで重要なのは、「こんなのダメに決まってるだろ」と言えるものも含めて提案することです。
もちろん、ドラえもんのロゴのような明らかに論外なものや、何の考えもない落書きを送るのは避けます。しかし、自分が100点だと思う必要はないのです。
今回のケースで見えたもの
クライアントの言葉から拾うべきもの
今回、クライアントからいくつかの情報が出てきました:
「西洋医療に懐疑的」という価値観
「沖縄が好きで、沖縄を拠点にしている」
「沖縄の◯◯という木のエネルギーをモチーフにしたい」
一見、ロゴと関係なさそうな話ですが、「西洋医療に懐疑的」というのはまさに信念です。そして「沖縄」というのも強いこだわりです。
ここから仮説を立てます:
・暖色系が好まれるかもしれない
・でも沖縄=海=青(寒色)という連想もありえる
・女性院長なら、無意識に柔らかさや女性的な色を好む傾向があるかも
・ということはピンクやパステルカラーの可能性も
要するに、色については何も定まっていないも同然です。
「木のエネルギー」という要望の扱い
「沖縄の木のエネルギーをモチーフにしたい」
これが一番具体的なロゴの要望に聞こえます。しかし、正直なところ、これもかなり怪しい。
最終的に、木とは何の関係もない抽象的な曲線のデザインを見て「これがいい!」と言う可能性は十分にあります。
だからこそ、言葉を額面通りに受け取らないことが重要なのです。
スピード重視の論理
なぜ1時間で10案なのか
私が1時間で10案作った理由は、以下の通りです:
1. 自分の好みは関係ない
自分が良いと思っても、相手に響かなければ意味がない
逆に、自分が微妙だと思うものを相手が気に入る可能性もある
だから勝手に選定して捨てるのはもったいない
2. 採用される前提で作らない
この段階で採用される可能性は低い
目的は「相手の反応を引き出すこと」
だから自分で完璧を目指す必要はない
3. 体裁も最小限でいい
パワポに画像を全部貼り付けるだけ
コンセプトの説明も書かない
どうせ直感で選ばれるので、今の段階で説明しても意味がない
選んだ後で、それに箔をつけるための説明を考えればいい
時間と品質の関係性
ここで重要な問いがあります。
「時間をかければ品質は上がるのか?」
私の答えは「No」です。
10時間考えたものと10分で考えたもの、実は品質にほとんど差がありません。
あったとしても、それは個人の価値観次第で評価は変動します。時間とは比例しません。
むしろ、時間をかければかけるほど:
・作業者のコストが増える
・クライアントの待ち時間が増える
・プロジェクト全体の価値が下がる
時間をかけるだけ損なのです。
「がんばる」ことが最悪な理由
会社の目的は利益追求
当たり前すぎて「そんなの知ってるよ」と言われそうですが、会社の目的は利益追求です。
なのに、無駄にがんばりたがる人がいる。
利益が目的ということは、利益を産まないコストは無駄であり、利益を産まない労働も無駄です。
これに気づいていない人が驚くほど多い。
勝手な思い込みでがんばる無意味さ
今回のケースで言えば:
先方に聞かないと進まない状況なのに、勝手な自分の思い込みで、定まってもいない方向性に向かってがんばる。
これは無駄であり、利益につながらない可能性が極めて高い。
では、なぜそんな無駄をやるのか?
「相手のためを思って」という罠
答えは明確です。
「相手のためを思ってがんばっている」つもりだから。
つまり、自分の中で「正しいこと」をやっているつもりだからやめないのです。
「やらなくていいよ」と言っても、やめない。
「あとこれだけなんで」
「もうちょっとがんばります」
なぜか誇らしげに作業を続ける。
日本人特有の美徳が邪魔をしているのです。
悪意のない悪は一番たちが悪い。
サボるより悪い「無駄な努力」
利益を産まない作業は、サボっているのと同じ。
いや、むしろサボっているより悪い。
なぜか?
サボれば、その間リフレッシュできます。次にがんばれる余力が残ります。
しかし、ずっと無駄にがんばっていたら:
・体力が消耗する
・リフレッシュできない
・次にがんばれない
・今やってるがんばりは無駄
最悪です。
5時間悩み続けた同僚について
もう一人のメンバーは、話を聞いてから5時間経ってもまだ悩んでいました。
その悩みは何なのでしょうか?
「自分がいいと思えるものを作りたい」
「クオリティにこだわりたい」
その気持ちはわかります。しかし、あなたの好みや主張は、クライアントにとって関係ないのです。
そこに労力をかけても:
・自分が疲れるだけ
・会社の時間の浪費
・コストの浪費
・作業者・クライアント・会社の信頼すべてがマイナスに
つまり、利益を産まない労働を延々と続けているだけなのです。
昭和的価値観からの脱却
「時間をかけた = 良いもの」
「がんばった = 偉い」
この価値観は、もう通用しません。
もちろん、日本人特有の「がんばる」文化は理解できます。でも、いまどき日本人でもそんな価値観は珍しくなってきているのではないでしょうか。
もう昭和は終わっています。
必要なのは、「努力の量」ではなく「成果の質」です。
そして成果とは、クライアントの満足度であり、会社の利益です。
まとめ:クライアントワークの本質
クライアントワーク、特にデザイン領域においては:
・言語化できない相手に言葉で聞いても無駄
・ビジュアルで会話することが最も効率的
・完璧を目指さず、たたき台で反応を引き出す
・時間をかけても品質は上がらない
・利益を産まない労働は、サボるより悪い
・スピードこそが価値を生む
これはデザインに限った話ではありません。
要件定義が曖昧なプロジェクト、クライアントが何を求めているか分からない状況、共通言語がないコミュニケーション。
そんな場面すべてに応用できる考え方だと思います。
私も日本人であり、なんなら住職でもあるので見返りを顧みず「がんばる」美徳は理解できます。でも、言います。
無駄にがんばらない。効率的に成果を出す。
それが、あなた自身のためでもあり、クライアントのためでもあり、会社のためでもあるのです。