―― 相場の最前線にいた男が、最後に残した“たった一つの考え方”
FXを長くやっていると、ある種の錯覚に陥る。
「まだ何かが足りない」
「もっと精度の高い手法があるはずだ」
「自分が勝てないのは、情報が不足しているからだ」
私も、まさにその迷路を何周もしてきた一人だ。
そんなある日、久しぶりに連絡を取った友人の**ユウ(仮名)**と会うことになった。
彼は元・証券会社のディーラー。ニュースで見るような華やかな世界の裏側で、日々巨額のポジションと向き合っていた人間だ。
正直に言えば、私は「すごい手法」を期待していた。
ディーラーなら、一般には出回らない必勝パターンの一つや二つ、持っているだろうと。
だが、この期待は最初の数分で裏切られることになる。
7回に分けてユウとの貴重なお話を紹介していきますので良かったら全部読んでみてくださいね(^^)
ディーラーはチャートに張り付かない
コーヒーを飲みながら、私は単刀直入に聞いた。
「実際、どんな手法でやってたの?」
するとユウは少し笑って、こう言った。
「多分、想像してるのと全然違うと思うよ」
彼の話は、MACDでもRSIでも、ましてや秘密のインジケーターでもなかった。
「まず、ずっとチャートを見てない」
この一言で、私は一瞬思考が止まった。
ディーラー=チャートを凝視する仕事、というイメージがあったからだ。
ユウによれば、彼らが最も重視していたのは
・どこで入るかより
・どこで逃げるか
・どれだけ耐えていいか
だった。
「エントリーは多少雑でもいい。でも、逃げ方が雑なトレーダーは、必ず消える」
この言葉は、後になって何度も頭の中で反芻することになる。
勝率の話をすると、ユウは黙った
私が次に聞いたのは、よくある質問だった。
「勝率って、どれくらいあった?」
ユウは少し考えてから、こう答えた。
「正確には覚えてない。でも、6割もないと思う」
正直、拍子抜けした。
プロなら8割、9割…そんな幻想をどこかで持っていたからだ。
だが、彼は続けた。
「勝率は重要じゃない。負けた時に、どれだけ小さく終われるかがすべて」
証券会社では、
・1回の負けで致命傷を負わない
・感情でポジションを膨らませない
・想定外が起きたら、即撤退
これが徹底されていたという。
「個人トレーダーって、勝ち方を研究しすぎなんだよね」
この一言は、かなり刺さった。
テクニカルは「理由づけ」に過ぎない
さらに話を深掘りすると、意外なことを聞いた。
「ダウ理論とか、普通に知ってるし使うこともある。でもね…」
ユウは少し言葉を選びながら続けた。
「テクニカルって、“入る理由を説明するための言語”であって、未来を保証するものじゃない」
つまり、
・相場が動いた「あと」で説明するための道具
・共通認識を作るための枠組み
それ以上でも以下でもない。
「ラインを引いて安心した瞬間が、一番危ない」
私は思わず苦笑した。
ラインを引くことで、自分の判断が正しいと思い込む経験が、誰しもあるはずだ。
本当に見ていたのは「人の癖」
では、彼らは何を見ていたのか。
答えは、驚くほど地味だった。
・時間帯ごとの値動きの癖
・重要指標前後の“無理な動き”
・市場参加者が焦り始める瞬間
「相場って、結局は人間の集合体だから」
恐怖、欲、安心、慢心。
それらが値動きとして現れるだけ。
「だから完璧な手法なんて存在しない。存在すると信じた瞬間に、判断が鈍る」
ユウが絶対にやらなかったこと
話の終盤、私は聞いた。
「じゃあ、これはやらないって決めてたことは?」
彼は即答した。
・ナンピンでの延命
・根拠の後付け
・取り返そうとするトレード
「負けた事実を消そうとした瞬間、次の負けが始まる」
この言葉は、かなり重い。
「勝てる人」は特別じゃない
最後に、ユウはこんなことを言った。
「才能がある人が勝つんじゃない。
守る仕組みを作った人が、残るだけ」
派手な話は一切なかった。
だが、不思議とこの会話の後、私は以前より相場が静かに見えるようになった。
無駄にエントリーしなくなり、
負けを受け入れるスピードが早くなった。
まとめ:意外だったのは「普通すぎた」こと
元証券ディーラーの手法は、驚くほど普通だった。
だが、その普通を感情を排して守り続ける難しさこそが、プロとアマの境界線なのだと思う。
FXは、技術の勝負に見えて、実は
態度の勝負なのかもしれない。
派手な手法を探しているうちは、まだ入口。
地味な原則を退屈なく守れるようになった時、ようやくスタートラインに立てる。
そう、ユウは教えてくれた。
次回に続く