一生懸命やったのに報われなかった。 その気持ちを「仕方ない」で 終わらせなくていい

一生懸命やったのに報われなかった。 その気持ちを「仕方ない」で 終わらせなくていい

記事
コラム
「仕方なかったんだよ」

「誰も悪くないよ」

そう言われても、
どうしても心に引っかかることがあります。

誰かを責め続けたいわけじゃない。

過去を変えられないことだって
分かっている。

それでも、

「じゃあ、私があれだけ頑張ったのは何だったんだろう」

そんな気持ちが残ってしまう。


今日は、
私自身の話を少し書こうと思います。


 義父に、元気でいてほしかった


義父のことで、
私はいろいろなところへ動きました。

役所へ行きました。

病院へ行きました。

介護認定を受けるための手続きをして、
調査員との面談にも対応しました。

必要なことをひとつずつ進めて、
ようやくデイサービスを利用できる
ところまで漕ぎ着けました。


私は嫁です。

実の娘ではありません。

それでも、

「嫁なんだから仕方なくやった」

という気持ちではありませんでした。


義父を助けたいと思ったからです。


少しでも元気に過ごしてほしかった。

このままではいけないと思った。

だから、
自分の時間を使って動きました。


実の娘である義姉が動かなくても、

「じゃあ、私も知りません」

とは思えませんでした。

義父のことが心配だったからです。


ところが、
義母や義姉の協力を得られないまま、
せっかく利用まで進めた
デイサービスは中止になりました。

その後、
義父の認知症は進みました。

褥瘡もできました。

病気になり、
そして亡くなりました。

思っていた以上に
早いお別れになりました。


 私には、心配していた未来がありました


もちろん、

「デイサービスに行っていれば、
義父は病気にならなかった」

「もっと長く生きられた」

と言いたいわけではありません。


人の病気や寿命について、
そんなことは誰にも分かりません。

ただ、
私は当時から心配していました。


このまま家の中だけで過ごしていたら、
もっと状態が悪くなって
しまうんじゃないか。

外へ出る機会があったほうが
いいんじゃないか。

人と関わる機会があったほうが
いいんじゃないか。

家族だけで抱え込まないほうが
いいんじゃないか。


だから動いたんです。

自分の考えが正しいと
証明したかったわけではありません。

誰かに褒めてもらいたかった
わけでもありません。

ただ、

元気でいてほしかった。

それだけでした。


だからこそ、
その後の義父の姿を見るのは
つらいものでした。

「だから言ったのに」

そんな気持ちが
まったくなかったと言えば、
嘘になります。


でも、
それ以上にあったのは、

悲しさでした。


せっかくあそこまで進めたのに。

もう少し何か
できたんじゃないか。

どうしてこうなって
しまったんだろう。

いろいろな気持ちが、
私の中に残りました。


「誰も悪くない」と言われても、終われないことがあります


義父が亡くなったあと、
義姉は、

「仕方ないこと。誰も悪くない」

というようなことを言いました。


確かに、
そうなのかもしれません。

誰か一人を悪者にしたところで、
義父が帰ってくるわけではありません。

過去をやり直すこともできません。


でも私は、
その言葉だけでは
片づけられませんでした。

誰が悪いかを
決めたいわけではなかったんです。


私が義父を心配していたこと。

義父のために動いたこと。

自分の時間を使ったこと。

役所や病院へ行ったこと。

手続きをして、
デイサービスまでつないだこと。

そして、
それが中止になった時に感じたこと。


その全部が、

「仕方なかった」の一言で消えてしまうような気がしたんです。


「誰も悪くない」と「私は傷ついた」は、両方あっていい


以前の私は、

「誰も悪くないなら、
私も納得しなきゃいけない」

そんなふうに考えていたところが
あったのかもしれません。


でも今は、
少し違います。

誰も悪くなかったのかもしれない。


それでも私は傷ついた。


仕方なかったのかもしれない。


それでも私は悔しかった。


過ぎたことなのは分かっている。


それでも私は悲しかった。


これらは、
どちらかひとつを選ばなくても
いいんですよね。


現実としてどうだったのかと、

自分がどう感じたのかは、

同じではありません。


ここを無理にひとつにしようとすると、

「もう終わったことなのに、
まだ気にしている私がおかしいのかな」

「私が執念深いだけなのかな」

と、
今度は自分を責めることになります。


でも、

傷ついたものは傷ついた。

悲しかったものは悲しかった。

まずは、
それでいいんだと思います。


報われなかった頑張りは、なかったことにはならない


人生には、
一生懸命やっても
報われないことがあります。

相手を思ってしたことが、
届かないこともあります。

自分では良い方向へ進めようと
必死だったのに、
周りの事情で違う方向へ
進んでしまうこともあります。


そんな時、

「結局こうなったんだから、
私がやったことに意味なんてなかった」

と思ってしまうことがあります。


でも、
本当にそうでしょうか。


私は義父のために動きました。

元気でいてほしかった。

少しでも良い状態で
過ごしてほしかった。

だから動いた。


結果が私の望んだものに
ならなかったとしても、

あの時、義父を大切に思って動いた私の気持ちまで、間違いだったことにはならない。

今は、
そう思っています。


結果が報われなかったことと、

頑張ったことに意味がなかったことは、

同じではありません。


あなたにも「仕方ない」で終わらせたことはありませんか?


介護だけではありません。

夫婦のこと。

親のこと。

義家族のこと。

子どものこと。

仕事のこと。


自分なりに一生懸命やった。

時間も使った。

我慢もした。

考えられることは考えた。

それでも、
思ったようにはならなかった。


そして最後には、

「仕方なかったよ」

と言われて終わった。


そんな経験はありませんか?


頭では、
もう終わったことだと分かっている。

それなのに何年経っても思い出す。

誰かの何気ない一言で、
今でも心がざわつく。


「あの時のことを考えると、
やっぱり腹が立つ」

そんな自分を見つけて、

「いつまでこんなこと
考えてるんだろう」

と嫌になる。


でも、
無理に忘れようとしなくても
いいと思うんです。

もしかしたら、

あの時のあなたの気持ちが、まだ置き去りになっているだけかもしれません。


本当は何が一番悲しかった?

何が悔しかった?

誰に、
何を分かってほしかった?

自分は何を守りたかった?


一度、
そこを丁寧に見てあげる。

過去を変えるためではありません。

誰かを悪者にするためでもありません。


あの時一生懸命だった自分を、今の自分まで置き去りにしないためです。


 私がタロットで「誰が悪いか」を決めない理由


私は今、
タロットを使って
ご相談に向き合っています。

でも、
タロットで過去を変えることは
できません。

起きてしまった出来事を、
なかったことにもできません。


そして私は、

「相手が悪いです」

「あなたが悪いです」

と、
誰かを裁くために
タロットを使いたいとは思っていません。


私が一緒に見たいのは、
その先です。


なぜ、今もこんなに心に残っているのか。


本当は何に傷ついていたのか。


誰に、何を分かってほしかったのか。


そして、


これから自分はどうしたいのか。


自分でもうまく
言葉にできない気持ちを、
タロットもひとつのきっかけにしながら、
一緒に紐解いていきます。


看護師として30年、
多くの患者さんやご家族の
人生の節目に立ち会ってきました。

そして私自身も、

「一生懸命やったのに、
思ったようにはならなかった」

という経験をしてきました。


だから、

「もう済んだことでしょう」

とは言いません。

「早く忘れましょう」

とも言いません。


まず、

あなたがどんな思いでそこまで頑張ってきたのか。

そこからお話を
聞きたいと思っています。


一人で考えると、同じところをぐるぐるしてしまう方へ


ココナラでは、

「看護師30年 タロットで悩みを紐解きます」

というご相談をお受けしています。


「もう終わったことなのに忘れられない」

「誰かを責めたいわけではないのに、
納得できない」

「家族には言えない気持ちがある」

「私が悪かったのか、
相手が悪かったのか、
そればかり考えてしまう」


そんな状態でも大丈夫です。

うまく説明する必要はありません。

「何から話したらいいのか分からない」

というところからでも構いません。


お話を伺いながら、
タロットも使って、

絡まっている気持ちを
ひとつずつ一緒に見ていきます。


そして、

「誰かとやり取りするより、
静かに言葉を受け取りたい」

「今の自分のための言葉を、
手元に残しておきたい」

「つらくなった時に
何度でも読み返したい」

という方には、

「あたらしい答えを見つけるお手紙をお届けします」

という形もご用意しています。


どちらを選ぶにしても、
無理に前向きになる必要はありません。

誰かを許すことを
ゴールにしなくてもいい。


まずは今日、

「私、あの時、本当に頑張ったよね」

そう自分に言ってあげてください。


結果は変えられません。

過去も変えられません。

でも、

報われなかったことと、

あなたが頑張ったことに
意味がなかったことは、

同じではありません。


誰かを大切に思って動いたこと。

自分の時間を使ったこと。

心配したこと。

悩んだこと。

それまで、

「仕方なかった」

の一言で消さなくていいんです。


それでも一人では
整理できない気持ちが残った時には、
そのまま持ってきてください。

きれいな言葉にしなくても大丈夫です。

絡まっているところから、
一緒に紐解いていきましょう。
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