服は、誰のために存在するのか。

服は、誰のために存在するのか。

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美容・ファッション

2026-27AW トレンド分析、チラ見せします。

街を歩いていると、ふと気づくことがある。すれ違う人の服が、どこか見覚えのある顔をしている。ユニクロのリブニット、無印のリネンシャツ、GUのワイドパンツ。悪い服ではない。機能的で、清潔で、価格も適正だ。でも、なぜだろう...その人が「その服を選んだ理由」が、どこにも見えない。

これは批判ではない。観察だ。そして、まずこの観察から始めたいと思う。

街に大量発生するユニクロ、無印と「認知的倹約家」

心理学を学んでいることは、前回お伝えした。社会心理学に「認知的倹約家(Cognitive Miser)」という概念がある。人間の脳は本質的に、思考コストを極限まで節約しようとする、のだという。ファッションにも通じる、大変興味深い話だ。

自分の美学(スタイル)を一から考えることは、エネルギーを消費する。だから脳は近道を選ぶ。「これを着ていれば間違いない」という記号....流行や定番、ブランドの権威に逃げ込み、自分で考えることをやめる。

私自身もそうだった。バブル全盛期、ファッションの仕事をしていても、私は、ハンで押したように皆と同じカッコをしていた。ワンレンに、ボディコンのスーツ。週末はディスコへ繰り出し、似たような服を着た似たような顔の女たちと、似たような夜を過ごしていた。あの頃、自分が「なぜその服を選んだか」など、考えたことすらなかった。考える必要がなかった、というほうが正確かもしれない。時代が、空気が、周囲の全員が「これでいい」と言っていたから。それに乗っていれば、何も怖くなかった。

でも今思えば、あれは「選んだ」のではなく、「逃げ込んだ」のだ。

話を元に戻そう。ユニクロや無印が「悪い」のではない。問題は、その服を「選んだ」のか「逃げ込んだ」のか、という内側の問いだ。自分で自分の美学を育てることを放棄した瞬間、人は他人の価値観に、有限な「時間」をジャックされている。

服を選ぶという行為は、実は自分の生き方の宣言だ。その宣言を、思考停止で他人に委ねているのではないだろうか...。

売れない理由を天気のせいにするMDたち。帰属エラーの喜劇

元デザイナーとして、私には忘れられない光景がある。

シーズンが終わって在庫が山積みになると、必ずこういう声が上がる。「今年は天気が読めなかったから」「若者のファッション離れのせいだ」「景気がよくないんだから仕方ない」。笑えない、でも笑いたくなる。

社会心理学では、これを「基本的帰属の誤り(対応バイアス)」と呼ぶ。うまくいかないとき、人は状況の構造的な問題を無視して、外部の環境か、特定の誰かのせいにしたがる。自分たちの「ストーリーのなさ」というバグを棚に上げて。

大衆ウケようとしてエッジを削り、どこかで見たような無難な服を作る。主語のない服を量産する。そして、売れないと外に理由を探す。この思考回路を続けている限り、そのブランドに明日はない、と私は本気で思っている。服が売れないのは、天気のせいではない。私たちが着たいと思う服がないからだ。

世界を敵に回したヨウジ・ギャルソンの「圧倒的一貫性」

1981年、パリ・コレクションに川久保玲と山本耀司が登場したとき、欧米のプレスは「カラス族」「ボロ服」と嘲笑した。文明に対する侮辱だ、とまで書いた媒体もある。それでも二人は、1ミリも日和らなかった。

文化服装学院の出身である私にとって、山本耀司はスター卒業生だ。ありがたいことに、在校中は、特別講義という形で、何度も教壇に立ってくださった。今も鮮明に覚えている言葉がある。「100人が良いと思う服をつくるな。たった一人の人が、良いと思えば、それでいい」。この言葉は、30年以上過ぎた今でも、私の脳裏に焼き付いている。

社会心理学者セルジュ・モスコヴィシの研究に「マイノリティ・インフルエンス」という理論がある。少数派が「圧倒的な一貫性(コンシステンシー)」と「確信」を保ち続けるとき、多数派の脳に強烈な揺らぎが生まれる、という。
排斥されても揺るがない。批判されても軸を変えない。その一貫性こそが、やがて多数派の「常識」を書き換える力になる。川久保玲と山本耀司は、ファッションの文脈でそれを証明した。嫌われることを恐れなかった二人が、現代における「服とは何か」という問い自体を、塗り替えてしまった。

一貫性は、強さだ。日和ることは、緩慢な死だ。

結論。だから「ストーリーを作れ」

日本のブランドに足りないのは、マーケティングデータではない。嫌われることを恐れない「漆黒のストーリー」だ。

他人の目は気にするな。とは言うが、これは日本人にとって本当に難しいことのようだ。それはSNSを見れば明らか。TikTokやInstagramで「バズった着こなし」は翌週には街に溢れ、誰かの「映えるコーデ」を再現することに必死になる。フォロワー数が「正しさ」の指標になり、「いいね」の数が自分の美学の代わりを務める。他人の承認を燃料にしなければ、自分の服すら選べない...そんな回路が、いつの間にか標準装備になってしまった。

そして、これが本当に怖いのは、それがファッションを作る側の基準にまでなっていることだ。「バズるか、バズらないか」でデザインを判断する。SNSでの反応を見ながら企画を修正する。インフルエンサーに着せて反応を測ってから量産を決める。かつてデザイナーが「自分の世界観」を起点にしていた場所に、今は「他人のいいね」が鎮座している。作る側までが、認知的倹約家になってしまった。

消費者が他人の目を気にして服を選び、作り手が消費者の反応を気にして服を作る。この無限ループの中では、誰も「自分の美学」を持ち込む余地がない。全員が全員の顔色を窺い、結果として誰の心にも刺さらない服だけが量産され続けるだけだ。

川久保玲と山本耀司が異端だったのは、そういった構造を最初から相手にしなかったからだ。だからと言ってこれは個人の弱さではない。「相互協調的自己観」が、SNSというテクノロジーと出会って、かつてない速度で強化されてしまった結果だ。

なぜ日本人は、これほどまでに他人の目を気にするのか。

ひとつには、島国という地政学的な歴史がある。限られたコミュニティの中で生き抜くためには、集団から排除されないことが、文字通り「生存戦略」だった。空気を読む、出る杭を打つ、右にならえ。これらは怠慢ではなく、長い時間をかけて培われた、日本人なりの生存本能だ。社会心理学の言葉を借りれば、日本人は「相互協調的自己観」を強く持つ文化圏に属している。自分を周囲との関係性の中で定義し、集団との調和を最優先する。対してアメリカやヨーロッパは「独立的自己観」が強く、自分の意志や個性を軸に自己を定義する傾向がある。

どちらが正しいではない。ただ、ファッションという文脈では、この「相互協調」の回路が過剰に働くとき、服は自己表現の道具ではなく、「浮かないための保険」に成り下がる。

重要なのはただ一点。「この一貫した物語に共鳴できる服を纏う」という感覚を持てるかどうか。他人の目という風景の中で、それでも自分の色を選べるか。社会心理学では、他者の評価に依存せず、自分の価値観や判断を軸に生きる姿勢を「独立的自己観(自律性)」と呼ぶ。この自律性を持つ人間だけが、自分の時間を、主役として生きることができる。

「ストーリーのある服」を選ぶということは、その自律性の訓練でもある。

では、2026-27AWのトレンドはどう動いているか?

こうした問題意識を持ちながら、私が今季のコレクションを読み解いたとき、ある言葉が浮かんだ。

極性化(Polarization)

終わらないウクライナとガザの戦禍。原油供給をめぐる綱渡り。AIが加速させる雇用と格差の再編。2026年という年は、楽観の余地をほとんど残さない。ファッションはその鏡だ。いつの時代も、社会の臨界点は必ず衣服の上に反射される。

今季の核心は、「共存」という一語に尽きる。

静寂を纏うニュートラルカラーと、感情を叫ぶブライトカラー。どちらかではなく、どちらもが同じシーズンに並び立つ。沈黙と叫びが、一つのコレクションの中に同居している。素材においても、同じ構造が走っている。グラニーニットやハリスツイード。手仕事の揺らぎと温もりが生む、機械では絶対に再現できない「一点物の記憶」。作った人間の息遣いが、糸の一本一本に残っている。その対極に置かれるのが、植物由来PEレザーやPFASフリー撥水加工という次世代素材だ。環境への誠実さを、美しさとして纏う。良心が、デザインになっている。

相反するものが、反発せずに共鳴している。

これは偶然ではない。混乱した時代において、人間の感情もまた「どちらか一方」では追いつかなくなっているからだ。守りたい、でも叫びたい。温もりが欲しい、でも誠実でありたい。その引き裂かれた欲望が、そのままコレクションの言語になっている。

6月25日(水)、レポート販売開始

本日、レポートの一部をここに公開する。
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6月25日(水)より、Coconalaにて「ファッショントレンド分析 2026-2027年秋冬レポート/DIFFERENTIATION」のPDFを販売(8,000円)。
レポートは、
①Editorial Overview(時代の空気を読む)
②Key Color(5色のカラーパレットと解説)
③Texture/Key Fabric(素材とテーマ5軸)
④テーマを落とし込んだLOOK1〜5
⑤Editor's Pick(今季チェックすべきコレクション)
⑥Conclusion(まとめ)
で構成された全12Pのレポート。

このレポートが問うのは、「何が流行るか」ではない。

混乱した時代を、人間がどう纏い、どう生き延びようとしているか。服の奥底に走る、その意志を読むことだ。トレンドは現象ではなく、時代の本音だ。それを読み解く目を持つ者だけが、次の一手を持てる。

ブランドの担当者に。バイヤーに。そして、自分の服選びに主語を取り戻したいと思っているすべての人へ。

6月25日を楽しみに。
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