与えられた[愛]にケチをつけて自己憐憫にひたる人

記事
コラム
うつ病・毒親サバイバー
統合コーチ三島です♪

◆与えられた「愛」にケチをつける


相談者さんの中には、
ご自分が期待した回答じゃないと

「でも!」

「だって!」

と、自己正当化して聞く耳を持たず
自己憐憫にひたる方もいます。
(でもでもだって病かな?)

私の言葉をどう受け取るかは本人しだいです。

もしかすると、
否定的に受けとめているのかもしれません。

人に相談する際の基本的な心構えとして
相手から教わろうとする謙虚な気持ち
大事ではないでしょうか。

都合の悪いことを指摘された時は、
エゴで反応するのではなく、
「私が相手にそう言わせたんだな」
と謙虚に受けとめる。

もしくは、

「本気で私のことを考えてくれている」
と感謝の気持ちで受けとめることが、
自分を幸せにする行動だと思います♪

アドバイスの全部に納得しなくても
ほんの一部でもいいですから
感謝できるポイント」を
見つけてみてはいかがでしょうか。

ちなみに、私のコーチングでは
必ずメモを取ってもらいます。

その時に納得できなくても、
時間が経ってから気づくことも
ありますからね (´∀`*)

◆受け取る「愛」を限定していませんか?


たまに逆ギレされることもありますが
私の言葉を「愛」と受け取るか
「エゴ」と受け取るかはご本人の自由です^^

ただ・・・

与えられた『愛』を素直に受け取れないのが
”でもでもだって病”の特徴だと私は感じます。

「こういう愛がほしい!」
「これ以外の愛はいらん!」

と、受け取る『愛』を限定しているのです。

そうなると当然、
受け取れる『愛』も少なくなるので、
欠乏感は癒されないでしょう。

与えられた「愛」にケチをつけて、
自ら拒絶しておきながら

「だれも私を愛してくれない」
「私かわいそう」

などと、
自己憐憫にひたっているうちは
「幸せ」に気づけないと思います。

もったいない生き方ですよ~。

自己憐憫は「姿を変えた攻撃性」ですからね。

自分を責めているようで
周囲を責める「他責思考」です。

人は、心が成長すると、心の傷も癒えます。

自己憐憫にひたっている場合じゃありません…。

◆さまざまな「愛」のカタチ


「愛」にはさまざまなカタチがあります。

自分が思うような「愛のカタチ」
でなかったとしても
心を開いて一度受け入れてみると
何かが変わるかもしれませんよ!!

何を隠そう、
こうして偉そうにしゃべっている私も
そのような「反抗期」を経て
これまで成長して来ました (てへぺろ)

誰だって成長はできます。

お金も時間もかかりません。

「自分の反応」を変えればいいだけです。

他人と戦っているようで
実際には「自分」と戦っている

というシンプルな事実に気づきませんか?


私はうつ病を克服した際に

エゴで自分を守れば守るほど
人生は困難になる

と、学びました。

エゴで自分を守っているつもりが
実際には自分で自分を苦しめる逆効果
を生み出していたのです。

勇気を出して「認めたくない自分」と
素直に向き合える人ほど幸せになれますよ♪
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