(1)問題
① 話しことばに対応するものとして書きことばがある。話しことばが文字として表記されることはあるが,必ず書かれるわけではない。それに対し書きことばは,当然ながら書かれなければ意味をなさない。そして文字はその使用期間が長いほど,そのことばの歴史・伝統を証明するものとされ,その分だけ,歴史に規定された存在でもある。文字のもつ歴史性から,書きことばにはある種の特権性が付与されることになる。誰でもが生まれながらに書きことばを習得できるわけではない。
② 近代・前近代にかかわらず,日本では文書によって統治が行なわれてきたのであるから,そうした文書を作成し,解説できる能力をもった人たちは特権的な位置にあった。そうした書きことばを習得するには訓練が必要であり,それを保証する地位が伴っていた。それは階層別の識字率を考えれば納得がいくだろう。
③ そして,書きことばの標準化は案外容易なもので,中央がある標準を定めてそれを権力の裏づけのもとで強力に地方に広げればよいだけである。その意味では,江戸時代を通じて書きことばの統一性は確立されていた。書きことばを習得することは,幕藩体制の日本では文章語が担う特権的な役割によって保証される階層にその人が属することを意味した,それ相応の教育がうけられる特権的階層に属することが有利にはたらくことになる。明治政府は江戸幕府の版図をほほ継承して登場したが,幕藩体制を支えていた書きことばもほぼ同様に継承した。明治初期の知識人の教養の基礎は何といっても漢学であり,漢文訓読体の書きことばの習得は不可欠であった。もちろん,候文そうろうぶんや戯作げさくの文体などの種々の文体が存在していたのだが,漢文訓読体の書きことばは,圧倒的な優位に立っていた。
④ したがって,書きことばを習得した人であっても,その話しことばと書きことばとのあいだには相当の違いがあった。
⑤ 『明六雑誌』という明六社が1874年に刊行した,全国に向けた啓蒙的な内容の雑誌の文体をみても、たとえば「野蛮の政治は人を羈軛きやくす。文明の民は羈軛きやくを免る。文野の別,ただその民の言行自由を得ると得ざるとにおいて視るべきのみ」(津田真道「出板自由ならんことを望む論」六号)といった文章は,この時期の典型的な書きことばである。津田真道(1829~1903)は津山藩(現在の岡山県に属する)出身で江戸に出て蘭学を学び,幕府派遣のオランダ留学生にもなった人物である。明治新政府では司法省などで活耀する。
⑥ この文章は音声で聞いてもわからないだろう。これは津田のせいというよりも,書きことばと話しことばとのあいだにある違いの大きさを示すものであり,その違いを埋めるものが存在しなかったことをも示している。
⑦ ところが,近代国民国家は国民一人一人を直接的にとりこまなくてはならない。ことばの面でみると,国家による統治の貫徹のためには統一された書きことばを全国民に習得させる必要がある。まず国家が統一した教育権を握り,同一の教育を施すことがなされるが,津田のような特定階層のための,教育による獲得が不可欠の書きことばでは,その階層性をぬぐい去ることはできない。しかも,獲得にはそれなりの時間が必要である。
⑧ なおかつ,国民が国民としての一体感をもつためには相互のコミュニケーションが容易にとれる必要がある。同一国民が筆談をしていてはそれこそおはなしにならない,ということである。
⑨ したがって,書きことばは特定階層に限定されたものであってはならず,逆に,より身近な存在である話しことば的な要素をもたねばならなかった。そこに登場するのが,話しことばの「自然」さである。
⑩ 「自然」であれば階層は関係がない。しかし,「自然」ではあるものの国家という枠組に制限されている。
⑪ 「国語」とは,書きことばの階層性と話しことばの「自然」さのせめぎあいのなかで,国民国家のなかで流通させるためにつくりあげられたもの,とここではまとめておく。話しことばとは,もともとは規範的な文字を前提としたものではなく,実態としては常に変化し揺れ動くものである。そうであるからこそ,近代国民国家が要求する話しことばとは,規範的な文字に裏うちされた,なるべく変化を起こさないものでなければならない。
⑫ つまり,何の意識もなく話すままを書いてもそれは書きことばにはならない。そもそも,話されることばの音声の多様性をそのまま文字として転写することはきわめて難しい。逆に書きことばを読み上げてもそれが話しことばになるわけでもない。したがって,かなり意図的に両者を接近させた。書いても話しても同様な,新たな文体を設定していかねばならない。明治政府樹立から約20年,1890年前後にかけて言文一致の動きが活発になってくるのも,この新たな文体の模索の一環である。
(出典安田敏朗『「国語」の近代史帝国日本と国語学者たち』中央公論新社,2006年(出題の都合し,出典の文章を一部省略,改変した。
注:
版図――国の領域。領土。
羈軛きやく――束縛すること。
国民国家――同一民族または国民という意識によって形成された国家。
問1 筆者が本文中で説明する「書きことば」の特徴と歴史的展開について,400字以内の日本語でまとめなさい。
問2 本文中では「話しことば」と「書きことば」の歴史的な有り様について書かれていましたが,現代における「話しことば」と「書きことば」の関係性についてのあなたの意見を,具体例をあげて400字以内の日本語で述べなさい。
(2)出題意図
文化を学ぶうえでは、人文諸科学に通ずる問題を理解し,主体的に問題にかかわっていくことが重要な意味をもっている,「書きことば」に対する筆者のとらえ方を理解し(問1),現代における「話しことば」と「書きことば」の関係性について自らの考えを論理的に記述する(問2)ことを求める。
問1 「書きことば」について,課題文の筆者のとらえ方を理解できているか(読解力),課題文の筆者の主張をわかりやすくまとめられているか(文章表現力)などの能力をみる。
問2 内容理解に基づいて,具体例とともに自説を展開しているか(知識・理解力,適切な言葉を用いて論理的に表現できているか(論理的思考力)をみる。
(3)解答例
問1
書きことばの習得には訓練が必要であり,幕藩体制では特権的な役割によって保証されていた。明治政府は幕藩体制を支えていた書きことばも同様に継承した。明治初期の知識人の教養の基礎は漢学であり,書きことばの習得は不可欠であった。しかし書きことばと話しことばと書きことばには相当の違いがあった。近代国民国家は国民一人一人を直接的にとりこみ、統治を貫徹するためには統一された書きことばを全国民に習得させる必要がある。国民の一体感をもつためには相互のコミュニケーションが容易にとれる必要がある。話しことばの音声の多様性を解消し、書きことばの階層性を除去し、両者を接近させる必要があった。話しことばの「自然」さを生かすように、書いても話しても同様な,新たな文体を設定するべく「国語」が創り上げられ、1890年前後にかけて言文一致の動きが活発になってきた。(388字)
問2
書き言葉は常体と敬体とに分けられる。常体は大学入試小論文などに用いられる文体で、敬体は作文や企業のホームページなどによく見られる文体である。敬体のほうが、丁寧な印象を受けるが、常体・敬体ともに公的な場で用いられるものと考えられる。書かれる内容は論理的で理性的なものが求められる。一方、話し言葉は日常会話で用いられ、感動詞を文頭に用いることが多く、終助詞を文末につけて話者の感情を表し、親しい間柄で交わされる場合には情緒や気分を表出することが多い。
書き言葉は、内容だけでなく文法的にも正しい言葉遣いが要求されるが、私的な場面で用いられる話し言葉は「ら抜き言葉」のような文法的な誤りや不適切な使用(「飯を食う」)も散見される。これはコミュニケーションの迅速化と遊び感覚を背景していると考えられる。書き言葉に比べ話し言葉は流行によって変化しやすく、保守派から日本語の伝統を守るよう苦言がなされる所以である。(396字)
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