(1)問題
総合政策学部は,問題解決型の発想で政策を考えるための教育と研究に取り組んでいる学部です。世界で実際に起きている,あるいは将来的に起こりうる可能性のある様々な世界的な問題を考え,解決策を模索していくには,領域横断的かつ学際的なアプローチが必要になっています。
また,日本を取り巻く国際環境や経済・社会・安全保障をめぐる構造は大きく変化しており,私たちは従来の価値観や確立された理論・研究成果だけではなかなか解決策が見いだせないような複雑な課題に直面しています。問題解決型の思考を養うためには,まずはさまざまな角度から物事の本質的な問題を理解し,そして物事を体系的に考える論理的思考が必要です。
ここで,日本経済の現状について取り上げてみましょう。日本経済は過去20年程度の期間において,実質経済成長率は平均して1.0%を下回る低成長が続いてきました。経済成長を実現していくには,その主役となる企業が時代の変化を常にとらえて,イノベーションを生み出しそれを商品化していく開発力・技術力を高めることが重要になります。そのためにはデジタル化をさらに進めていく必要があります。しかし,その一方で,世界ではデジタル化がもたらす弊害を懸念する声も高まっています。また,地球温暖化など環境問題が深刻化するなかで。企業に対して短期的な利益迫求だけではなく,地球的課題に対するソリューションとなるような商品・サービスの提供を期待する見方も広がっています。
以下では,これに関連する5つの資料を用意しています。資料1.は日本の持続的な経済成長とデジタル化,資料2.は日本の経済成長と金融,資料3は米国の科学技術の現状と世界との比較,資料4はデジタル・プラットフォーマーと寡占,資料5はESG時代の資本主義のあり方に関して各々紹介しています。
(問1.)
5つの資料を全て読んだ後,4つの資料を選択し,それぞれの資料の主題について言及しなさい。その主題に関連づけて,今から10年後の日本について,米国と中国との相対的な関係を展望しつつ,どのような姿になっていると予想されるのか,自分の考えを,800字以内で論じなさい。
(問2.)
日本政府は,日本経済の活性化に必要なイノベーションを生み出すための施策を推進しています。あなたが政府の政策立案者だとしたら,どのような政策を打ち出しますか。政策を3つ列挙してください。その目的,対象,手法に関して簡潔に書きなさい。次に,その3つの政策の内,1つの政策について,なぜそのような考えに至ったのか,その政策によってどのような効果が期待されるのかを説明してください。さらに,その政策がもたらす副作用や弊害などにも言及しながら,説得力ある論理を展開し自分の政策提言が有効だということを説明してください。800字以内で論じなさい。
資料1.
日本の持続的な経済成長とデジタル化
① 日本経済は,感染症の世界的大流行にまつわる不確実性や供給制約の影響が和らぎ,消費が徐々に戻るにつれ,新型コロナの打撃から回復しつつある。2022年4月に発表した最新の経済見通しでは,今年の成長率が加速し,過去12年間で最速の2.4%で伸びると見込んでおり,来年もほぼ同水準を維持すると予測している国際通貨基金 (IMF)の最近のアセスメントは,世界第3位の経済大国である日本が講じた強力な政策支援と高いワクチン接種率を評価している。また,繰り延べ需要が景気拡大を後押しするとみている。しかしながら,パンデミックが終息を見ない中で勃発したウクライナでの戦争は,短期的な見通しに重大なリスクをもたらした。さらに,日本経済は少子高齢化,生産性の伸び悩み,そして深刻な気候変動リスクに起因する,より長期的な逆風にもさらされている。
② 日本が抱える多くの課題は,包摂性を高め,格差を是正し,持続可能な未来を保証する経済成長の強化に取り組むことの重要性を浮き彫りにしている。IMFの研究によると,デジタル投資を増やすとともに成長を促す改革を全面的に実行することで労働供給と生産性が増大し,国内総生産を押し上げる効果が期待できる。なによりも,デジタル化は成長に拍車をかける可能性を持つ。パンデミックによって,日本におけるテクノロジーの普及にばらつきがあることが明らかになった。日本は世界有数の産業用ロボット使用国であり,主要なエレクトロニクス産業の拠点であるにも関わらず,いまだITのレガシーシステムに依存している企業,政府,金融セクターにおけるデジタル化の導入が他の経済圏と比べて遅れを取っている。パンデミックが始まった際,非常に多くの従業員が在宅勤務への移行に苦慮したことにより重大な局面で経済生産高が縮小し,生産性が落ち込んだ。このことは,日本の構造的な弱点をさらに露呈する結果を招いた。紙ベースの行政手続きにより,政府は感染拡大に対して迅速な対応を取ることができず,消費者を支えるための2.02.0年特別定額給付金の支給に遅延が生じた。また,キャッシュレス決済や電子商取引の導入も遅れている。
③ ゆえに政府の支援に基づく急速なデジタル改革は,生産性と成長を引き上げるであろう。例えば,国会議員は昨年,はんこによる文書の承認をほぼ廃止した。はんこは個人がそれぞれに当事者であることを示す印で,日本では何世紀にもわたり,また,近隣のアジア諸国でも類似のものが用いられてきた。従来のはんこから電子署名への方向転換は行政手続きのデジタル化を進め,政府が効率化を図るうえで大きな意味を持つ。また,デジタル改革には2021年9月に内閣に設置されたデジタル庁の発足も含まれる。デジタル庁は中央政府,地方自治体,そして民間部門のデジタル化を促進させるための組織である。
④ 改革に伴う移行を包摂的に進めるため,政府は政策支援を慎重に設計し,未熟練労働者が被るかもしれない不利益を軽減する必要がある。その他,デジタル金融サービスの導入を加速する際に優先すべき事項には,金融およびデジタルリテラシーを高め,異なるキャッシュレス決済プラットフォーム間の接続性を改善し,データプライバシー,消費者保護,サイバーセキュリティを強化して国民の信頼を高める施策が含まれる。だが,デジタル化の促進は,日本に吹く人口動態の逆風を解消するために重要な,他の成長拡大の改革とも組み合わせることで最大限の効果を発揮する。より多くの女性,高齢者,外国人を労働力に取り込む施策も優先されるべきである。終身雇用に守られていない労働者,主に女性労働者に向けた研修やキャリア機会の強化は,生産性および賃金の上昇につながるであろう。また,コーポレートガバナンス(企業統治)の改善と規制の緩和は生産性や投資を高める可能性がある。
⑤ 今後,日本は力強い成長のみならず,環境的に持続可能な成長を遂げる必要がある。大幅なグリーン投資とカーボンプライシングに支えられた大規模な経済変革は,パンデミックからの脱却をさらに後押しするだけでなく,未来に向けた新しくクリーンな経済エンジンをも生み出す可能性があることをIMFの研究は示している。したがって,日本が2050年までにカーボンニュートラル(排出量実質ゼロ)の達成を約束したことは,重要かつ前向きな一歩といえる。これらの政策目標を総合すると,日本はパンデミックが引き起こした混乱を最大限に活かし,生産性と経済成長を高める改革を推し進める用意があることを示している。
出所:IMF country Focus,Japan's Digitalization, Can Add Momentum for Economic Rebound” By Piyaporm Sodsriwiboon, Purva Khera, and Rui Xu ,June l,2.02.2.)IMFによる日本語訳。(原典の中から抜粋の上,本設問用に改変してある)
資料2.
日本の経済成長と金融
⑥ コロナ禍が長期化するなか,日本の将来の成長に向けた歩みは,そのむずかしさが日に日に増している。特に,2.02.0年代の人口減少・高齢化の急速な進展など社会・経済構造の大きな変革期の局面において,そうした変化に,総合的かつ体系的に取り組む必要があるにもかかわらず,どういうアプローチでスピード感ある時間軸で進めていくか,なかなか方向性を見出しにくい状況にある。デジタル化の遅れが招いた行政や民間のデジタル基盤の弱さ,脱炭素社会に向けたロードマップが十分にみえてこない。
⑦ 日本は低成長が続いているが,株式市場の時価総額では米国とのギャップは大きくなり,米国のGAFAM(注1.)に比類する新興企業を生み出すことができていない。2020年代以降の日本の成長に向けた取り組みを遅らせている3つの構造問題として,「社会・経済構造」「企業サイドの構造」「金融構造」がある。「社会・経済構造」は,日本の人口減少と人口構造のシニア化の加速化や地方衰退問題などに代表され,深刻化していくことが意識される。「企業サイドの構造」については,旧来型の大企業にある年功序列型雇用制や自前主義的な対応などが大企業のダイナミズムの喪失を招いている。
⑧ 3つ目の構造問題は,「金融構造」関連である。従来型の銀行を中心とする間接金融は,1970~1990年代までの,一定の成長が期待されるなかで効率的な資源投入を図っていく際には極めて有効に機能した。しかし,企業の資本力が充実し,銀行の政策保有株式(注2.)の売却が進展するなか,産業界は金融機関からの人材受け入れや銀行からのガバナンス的なアプローチを必要としない状況となりつつある。銀行では貸出そのものが減少傾向にあることなどから,成長を前提としたある種の「デットガバナンス」,メインバンク的なアプローチに限界が生じている。産業金融的な観点からすると,かつては,銀行を中心とした金融機関が産業の育成や企業の成長に向けて果たした役割は大きかったものの。現在はそうした役割は低下してきている。もちろん,金融機関は事業性評価に基づく貸出の創出や,企業課題に係るソリューション提供などを通じて,企業の事業戦略や新規投資の支援などにも注力しているものの,そうした取組みが,必ずしも産業の育成や企業の競争力強化につながっているわけではない。そういう意味で,現在の日本の間接金融を中心に置いた構造では,企業の成長投資を推進する観点から,リスクマネーの主体的供給は難しく,戦略的な取組みとしての企業成長サポートや産業育成には限界がある。リスクマネーとエクイティ資金を重視する方向で金融構造を組みかえていくことが十分にはできていないと認識される。
⑨ 日本の中長期的成長を実現し,旧来型社会・経済構造を大きく変えていく観点から,ベンチャー企業向けの投資やその後の成長を支えるグロース投資を積極的に行い,日本の将来を支える産業や企業をつくりだしていくことが大事である。そのような投資に係るリスクマネー供給を広げていくことは大変重要である。コロナ禍における日本のベンチャー投資は増えているが,米国との格差は大きい。米国では,今後もGAFAMをつくりだした以上の新しいイノベーションを通じ,産業創出や新興企業の勃興が引き続き生じるリスクマネーの基盤ができている。さらに,リスクマネー供給の「質」においても,日本においては脱炭素社会に向けた投資やDX(デジタル転換)関連への取り組みが遅れている。さらに,いわゆるユニコーンと呼ばれる企業価値10億ドル以上の未上場のベンチャー企業・新興企業の数が限定的である。
出典:『ポストコロナ時代のプライベート・エクイティ』(2.02.2.)幸田諄人・木村雄治編著,金融財政事情研究会。(原典の中から抜粋の上,本設問用に改変してある。
(注1.)GAFAMは,Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoftを指す。
(注2.)政策保有株とは,取引関係の強化や買収防衛を目的に保有する株式を指す。相互に株式を保有する「持ち合い株」の形式をとることが多い。
資料3
米国の科学技術の現状と世界との比較
⑩ 米国は,科学技術・イノベーション活動のほぼ全ての面において,世界をリードしていると言われる。このことは,研究開発費の額,研究者数,大学ランキングなどの数字を見れば明らかであるが,近年は特に競争力の低下について強い懸念も示されている。
⑪ 米国の対GDP比の研究開発費の割合は,2019年に3.1%となり,はじめて3%台に到達した。また,米国の研究開発費は,6,575億ドル(2019年)で,世界最大の規模であるが,中国は近年その額を拡大させており,5,257億ドルと米国の額に迫っている。より具体的には,2000年から2019年までの間の研究開発費の変化を見た場合,日本が1.8倍の規模に留まっているのに対し,米国は2.4倍となっており,ドイツの2.7倍,フランスの2.2倍,英国の2.3倍と比較しても大きな違いのない伸びをみせているが,中国が1.6倍の伸びを示しており,米国の研究開発費におけるリーダーの地位は揺らいでいる。
⑫ また,研究者数については,米国は約1.55万人で,中国の約1.87万人よりは少ないが,日本の68万人の2.3倍の規模となっており,依然として主要先進国の中では最も多くの研究者を抱える国となっている。なお,労働人口1000人あたりの研究者数では,9.51人で,フランス10.25人,ドイツの10.02人,日本の9.97人よりも少なく,英国の9.08人よりも多い数となっている(2018年)。文献データベースS.Opusのデータを用い国立科学財団(NSF)が取りまとめた科学工学分野の文献数のデータによると,2020年の全世界において発表された文献数は約2.94万件であるが,著者が米国の機関となっている文献の数は約46万件で,中国の約67万件に次いで第2位である。
⑬ イノベーションに関する指標においては,例えばBloomberg Innovation Index 2021.の上位10か国にはアジア2か国(韓国,シンガポール),ヨーロッパ7か国(スイス,ドイツ,スウェーデン,デンマーク,フィンランド,オランダ,オーストリア),そしてイスラエルが含まる中,米国は前年度の9位から11位に順位を落としている。なお,日本は12位である。
⑭ 米国は,長期にわたり科学技術・イノベーション活動における世界のリーダーの地位を確保しているが,先述のとおり中国はいくつもの指標において急激に上昇しており,一部については米国を上回る状況となっている。また,中国以外の国々も競争力を高める様々な取り組みが行われ,米国の主導的地位が脅かされているという認識も広がっており,米国内においては,様々な観点から解決すべき課題が示されている。
⑮ 例えば,米国芸術科学アカデミーは2020年に「現状ヘの満足に対する差し迫った危機(The Perils Complacency)」報告書を発表している。報告書では,中国など積極的な研究開発投資を行う国々に対抗するため研究開発投資を拡大することが必要であること,中国において学位の授与数は急増し,大学の国際的な評価も高まっているにも関わらず,米国の若者はSTEAM(注)キャリアヘの関心が薄く,多様な人材を活用できていないこと, Bloomberg Innovation IndexやWIPO Global Innovation Index(GⅡ)に示された指標においても米国のイノベーション活動の低下が示されていることなどについて言及している。
⑯ また,競争力評議会が2020年に発表した「次の経済における競争:イノベーションの新たな時代(Competing in the Next Economy :The New Age of Innovation)」報告書においては,他の国々は,米国が世界のイノベーションの中心となった時代の優位性のある構造を自国において再現させていること,多くの国々は,自身の,独自性のあるイノベーションエコシステムを構築していること,米国においては自国の人材が十分に国家のイノベーション活動に参加していないことなどの課題を挙げている。
出典:『調査報告書科学技術・イノベーション動向報告 米国編』国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)(原典の中から抜粋の上。本設問用に改変してある)
(注)STEAMとは,科学・技術・工学・数学の教育分野を総称する語。
資料4
デジタル・プラットフォーマーと寡占
⑰ プラットフォーマーとは,さまざまな商品・サービス・ソリューションなどを提供する土台となる,市場参加者の交換の場(プラットフォーム)を提供する事業者のことである。
⑱ プラットフォームは,「間接ネットワーク効果」と「フィードバック効果」が働くことにより,市場集中が進みやすい性質を持つ。
⑲ 同一ブランドや同一規格のユーザーが多いほど,個々のユーザーの効用が高まる効果を,「ネットワーク効果」という。プラットフォームの特徴は,このネットワーク効果が,プラットフォームが媒介する複数の異なるサイド間においても働くことにある。例えば,EC(電子商取引)サイトを介して出品者と消費者を結び付けるプラットフォームでは,より多くの消費者に利用されているECサイトの方が,出品商品が購入される機会が増える可能性があるため,多くの出品者を引き寄せる。このように,プラットフォームを介して,一方のサイドのユーザー数や利用回数が増えるほど,他サイドの個々のユーザーにとっての効用が高まる効果を「間接ネットワーク効果」という。
⑳ そして,デジタル・プラットフォームが媒介するサイド間で一方向あるいは双方向に間接ネットワーク効果が働く市場を「多面市場」という。多面市場では,間接ネットワーク効果が働くことにより,一方のサイドでの利用の増加が,他サイドのユーザーの効用を高めユーザー数や利用の増加を促す。そのため,単一あるいは少数のプラットフォームヘの集中が起きやすいという特質を持つ。多面市場では,サイドAのクリティカルマスを満たさないと,サイドBのユーザーは利用せず,サイドBのクリティカルマスが満たされないと,サイドAのユーザーは利用しないという「鶏が先か卵が先か」問題が起こる場合がある。複数サイドにおいてクリティカルマスを達成しなければならないという状況は,新規参入者にとっては高い参入障壁となる。
21 Googleの検索エンジンサービスやFacebookのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)など,プラットフォームの消費者向けサービスは無料であることが少なくない。その理由は,間接ネットワーク効果を生み出す側であるユーザーサイドヘの価格を相対的に抑えることでユーザー数を増やし,それによって他サイドのユーザーである広告主などがプラットフォームに参加するメリットを高めようとしているからである。多面市場では,間接ネットワーク効果が最大限働くように両サイドのサービス価格を設定することによって,利潤を最大化できる。必ずしも各サイドのサービス価格がそれぞれのコストに見合った水準である必要はない。
22 プラットフォームでは,個人の検索・閲覧履歴や位置情報などのあらゆるデータが収集され,利用者の好みに合わせたマッチング広告やAI音声アシスタントの機能改善などに用いられる。このように,コンピューターが機械学習用にデータを使うときに発生する効果を「フィードバック効果」という。多くのユーザーが利用するサービスほど多くのデータが得られるため,サービスの改善率が高くなり,それが更なる人気を呼ぶ効果がある。
23 フィードバック効果は,間接ネットワーク効果によるユーザー数の増加に拍車をかけ,市場の集中を加速させる働きをする。また,データは,既存サービスの改善だけでなく,他事業への展開や新規事業の開発にも活用できる。このことから,データは新事業やイノベーションの新たな源泉であるとの見方もある。ユーザーの利用頻度などによっては,プラットフォームに蓄積された自己のデータが,当該プラットフォームから別のプラットフォームに乗り換える際のスイッチング・コストとなり,そのプラットフォームの利用に閉じ込められる「ロックイン効果」が働くことがある。その場合,ユーザーにとって乗り換えるプラットフォームの価値や価格によほどのメリットがない限り乗換えは起こらず,結果として市場の集中が維持される要因になる。
24 以上のように,プラットフォームは,間接ネットワーク効果とデータのフィードバック効果の2つが働くことにより,市場集中が進みやすいという特徴を持つ。また,一定以上のユーザー数を獲得し,データの集中を実現した既存プレーヤーは,ユーザーの囲い込みに成功し,そのユーザー・グループに対し独占的地位を維持することが容易になるともいえる。ただし一方で,生産やサービスの提供のために巨大な設備やシステムを要するような,産業と比べ,インターネット・サービスに参入するための初期費用は極めて低い。また,プラットフォームの多くは無料のものが多いこともあって,ユーザーが複数のプラットフォームを併用する例も少なくない。したがって,概に参入障壁が高いともいえない。また,フィードバック効果についても,既存企業を利する強い効果があるのかどうかは,データの量や種類などにより個別事案ごとに異なる。
25 寡占化が進むデジタル市場において,近年,競争上問題となっているプラットフォーマーの行為としては,支配的地位の濫用による競合他社の排除,優越的地位の濫用,不透明な取引慣行,不当なデータ収集,抹殺買収を目的とした企業結合などが挙げられる。欧米各国では,競争当局を中心に,これらの新たな問題を含むプラットフォーム規制のあり方について,積極的に検討がなされている。競争法上は,仮に市場集中度が高くとも,市場シェアを有している事業者が激しい競争にさらされている場合には,市場支配力が認められないこともある。競争法が基本的に問題とするのは,独占的な状態にあること自体ではなく,支配的地位を濫用するなどの具体的な行為である。
26 支配的地位の濫用の事例として,2017年にGoogleがGoogle検索における支配的地位を濫用し,自社の比較ショッピングサービスを検索結果の目立つ位置に表示させ,競合他社の検索結果を低く表示させたとして,欧州連合(EU)の欧州委員会が2.42億ユーロ(約3,066億円)の制裁金を賦課する決定をしている。後発参入組の比較ショッピングサービス市場の競争を制限し,消費者に不利益を与えたと判断された。2018年にはGoogleが検索エンジン市場における支配的地位を維持・強化するために,アンドロイド端末製造業者及び移動体通信事業者に対し,抱き合わせ販売,排他契約,競合他社の妨害など契約上の制限を課していたとして,欧州委員会が総額43.4億ユーロ(約5,500億円)の制裁金を賦課する決定をした。
27 また,GoogleによるYouTubeの2006年の買収,Facebookによる2012年のInstagramの買収や2014年のWhatsAppの買収など,巨大プラットフォーマーが革新的な新興企業を高額で買収する例が相次いでいる。特定の市場において支配的地位にある企業が,将来代替財を供給する可能性のある企業を買収することにより潜在的な競争相手を手前に排除する行為は,「抹殺買収」と呼ばれ,将来の競争やイノベーション,技術革新を阻害することが懸念されている。
28 以上のように,プラットフォームをめぐっては,支配的地位又は優越的地位にあるプラットフォーマーの濫用行為などが問題となっている。競争当局は,市場画定やデータ集中を伴う企業結合を競争法上どのように判断するかなど,新しい問題に直面している。また,不透明な取引慣行や抹殺買収など,公正な競争を,阻害する可能性があるにもかかわらず,これまでの競争法の基準では競争当局が検知できない事象も増えてきている。プラットフォーム規制については,各国とも試行錯誤の段階であり,各国の競争当局の間でも適切な規制のあり方について十分な合意は得られていない。
出典:「デジタル・プラットフォーマーと競争政策」(2020),鈴木絢子,国立国会図書館 調査と情報ISSUE BRIEF―第1.088号No.1088(原典の中から抜粋)
資料5
ESG時代の資本主義のあり方
29 20世紀資本主義は市場経済に,目覚しい繁栄をもたらした。しかし,この繁栄が歩んだ道には,いくつかのおおきな落とし穴があった。今日の世界は資本主義経済が置き去りにしてきた罠に陥っている。いいかえれば,20世紀資本主義が残した負の遺産にさいなまれている。罠の一つは,市場のメカニズム,すなわち,競争の原理である。競争はイノベーション活力の源泉であるとともに,必然的に,勝ち組と負け組をつくる。いまや,世界は富める人々と貧しい人々にわかれている。また富める国々と,貧しい国々にわかれてしまった。
30 もうひとつの罠は,企業が財・サービスを最小費用で供給する競争がもたらす外部経済(externalities)である。外部経済で最も端的なのは,生産過程で生じた二酸化炭素(C02)や汚水などの汚染副産物を環境に垂れ流す行為である。発電事業者は,生産手段の選択において費用の安い石炭火力を選んでこそ競争に勝ち残れる。風力や太陽光発電でのエネルギー供給事業では,とても競争にならない。費用最小化の市場競争に勝ち抜くには,わが社の生産活動の外部経済にまでケアしていられないというのが企業経営の論理であり,市場原理の観点からは責めることはできない。これを「市場の失敗(market failure)」という。
31 2015年の国連サミットにおいて,SDGs(SustainableDeve10pmentGoals)なる持続可能な開発目標が合意され,掲げられた。2030年を達成期限として,「誰一人取り残さないよりよい社会の実現を目指すとしている。欧米各国でも,日本でも,官民を挙げて,いまや,SDGsの目標に向けての取り組みが叫ばれている。SDGsに掲げられた17の目標の多くは,20世紀資本主義と市場経済の繁栄が取り残し,置き去りにしてきた問題への対処・取り組みといえる。貧困や飢餓,教育,労働条件の改善,不平等の解消などの諸目標は,利益追求競争が置き去りにしてきた諸問題に焦点をあてている。また,地球環境や気候変動などの環境アジェンダや,エネルギー,資源枯渇などのアジェンダは,費用最小化競争が置き去りにした外部経済ヘのケアであり,20世紀資本主義の負の遺産へのケアである。
32 さて,SDGsの目標実現には,その主役は企業でなければならないという声がある。確かに,20世紀資本主義の負の遺産が企業行動に依存するところ大であったとするならば,SDGsの目標にむけても,企業行動に新たなるイニシアティブが期待されるところ大である。しかし,費用最小化の競争,企業価値最大化の競争は,依然として熾烈であるどころか,これからは,いよいよ国際レベルでのサバイバル競争となる。
33 P.F.ドラッカー(注)は,1993年の著Post―あろうかSocietyで,つぎのようにいう。今日,先進国において,年金基金を中心とする機関投資家が保有する資金量は未曾有の額である。年金基金は,現在の従業員の貯蓄であり,45歳以上の者のほとんどにとって,年金基金の受給権こそが最大の資産である。年金基金は,いまや,資本の主たる供給者および大企業の支配的所有者となった。
34 資本主義経済は,いまや,20世紀資本経済の繁栄を駆動したものとは異質で働き始めていることは明らかである。年金基金をはじめ,多くの機関投資家が運用する資本は,企業従業員,労働者,すなわち,庶民に帰属する資産が蓄積された富である。いまや,この労働の民,庶民こそが,資本家・投資家として,諸企業の所有者となり,その経営行動の究極的責任者になりつつある。この一般市民が,諸産業の企業所有者であるからには,企業経営の目的は,長期の視野にたっての企業価値の持続的成長でなければならない。市民,庶民の富は,次の世代の富として引き継がれていくものであり,短期の利益追求で,破綻し,消滅させてはならない。いまや,GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)はじめ,多くの資産運用ファンドは,SDGsやE(環境)S(社会)G(ガバナンス)への取り組みの活動や経営方針の非財務情報を重視して,投資対象を選択する。化石燃料に投資している企業は投資対象から外され,また,石炭火力発電所の建設には,金融機関から資金調達が拒否さる時代になってきた。
35 2014年に発足したRE100(RenewableEnergy100%)という企業参加の国際的イニシアティブがある。これは,事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで調達することを目標としている。アップル,マイクロソフト,グーグルなど,世界のRE100加盟企業は370社ほどあり,日本でも60社を超える企業が参加している。これらの企業は,「わが社の事業では,電気使用はすべて再エネとし,C02排出はゼロを目指す」と公表することで,企業価値が向上すると考えている。事業に投入するエネルギーをすべて再エネにするには,それなりのコストがかかるが,企業価値向上の便益がコストを上回ると判断されている。このように,いまや,電力の需要・消費あろうかの企業から,再エネヘの需要がたまっており,再エネであるが故のコスト高から受容されるようになってきた。市場と資本主義の仕組みで,産業界がSDGsの目標へと動き始めている。市場と資本主義は,健全に機能しているといえないであろうか。
出典:「新しい企業価値創造パラダイムの台頭を待つ」高森寛,金融・資本市場リサーチ,2022年秋号,pp.23-33.(原典の中から抜粋の上,本設問用に改変してある)
(注)P.F.ドラッカー著,上田惇生訳,『ポスト資本主義社会』,ダイヤモンド社,2007年8月
(2)解答例
問題1
資料1.
経済成長を進めるカギは企業のDX化にあるが、日本は中小企業が9割以上を占め、ITのレガシーシステムへの依存から脱却できていない。電子政府については、マイナンバーカード問題での批判があるように10年後も進捗はおぼつかない。リモートワークについても、エッセンシャルワーカーはこれが困難であり、女性,高齢者,外国人の多くがこれに従事しているため遅れている。一方、中国とアメリカはDX化がさらに進み日本は大きな遅れを取り、経済成長の足かせになっていると予測する。(220字)
資料2.
アメリカではベンチャー支援に向けたベンチャーキャピタルやエンジェルによる投資がさらに加速し、ユニコーンも多く育っている。中国は国を挙げての金融支援でアリババに次ぐテックベンチャーが続々と登場し、日本は大きく遅れを取っている。銀行を中心とする間接金融が未だ中心で、ベンチャー支援に向けた金融改革が進んでいない。その理由として、金融を中心として未だ日本型雇用慣行から抜け出しておらず、成果主義も道半ばであることが挙げられる。(230字)
資料3
米国のイノベーションは鈍化し中国に抜かれている。AIにおいて以前はアメリカがリードしていたが中国が世界の中心となっている。中国は国家予算の多くを科学技術の研究開発費に向け研究者の囲い込みを行った結果である。日本は知識・技術の専門職の外国人労働者受け入れが米中や韓国などより遅れを取り、科学技術振興の予算も少なく、大学の世界ランキングも低下し、科学技術・イノベーション活動において米中に遅れをとっている。(199字)
資料4
プラットフォーマーのG A F A Mはアメリカの大手IT企業であるがネット市場におけるG A F A Mの寡占は崩れて、新たに中国テック企業群のB A T Hが台頭した。B A T Hとは「B:バイドゥ」、「A:アリババ」、「T:テンセント」、「H:ファーウェイ」である。この背景にはAI技術を中国が国を挙げて後押ししていることにある。日本のテック企業は国内市場に特化してガラパゴス化の一途をたどり、世界から大きく水をあけられている。(191字)
資料5
日本では再エネによる供給率が上昇し脱炭素社会の構築に向けて企業活動は順調に進んでいる。それというのも、E S G投資が普及し、特に年金基金を中心とする機関投資家が再エネを進めている企業に積極的に投資していることが背景となっている。一方、中国はコストの安い石炭への依存から抜け出せていない。米国は共和党政権がパリ協定から脱退し、以前として石油や天然ガスなどに依存しており、国際協調がはかどっていない状況にある。(199字)
問題2
私は高度専門職の外国人労働者の導入、大学の科研費の増額、地方へのテックベンチャーの誘致の3つの政策を提唱する。第一についての目的は海外の優秀な人材による研究開発への寄与と国内人材の育成にある。労働者の国籍や民族は問わないが、特にデジタルテクノロジーの先進国であるアメリカや中国出身者をヘッドハンティングしたい。給与を国から助成し、日本語研修も無償で実施する。第二については。研究の促進はもちろん研究室に勤める人材を確保して、若手研究者の育成も狙いとする。科研費は従来理系に手厚く文系には十分行き届いていなかったが、この格差を解消する。研究を適正に評価する第三者機関を設けて科研費の分配には公平かつ適切に行う。第三については、地方の活性化と地域資源の有効活用を目的とし、広く日本全国の自治体を対象とする。手法は地方の大学と企業、行政が連携して広域的なネットワークを形成する。
第三の政策について述べる。産官学が連携してICTの実装により市民のニーズをくみ取り、地域課題の解決に邁進している福島県会津若松市の成功例に注目した。日本の抱える問題の根本には東京の一極集中による様々な弊害が背景となっている。ベンチャー企業が地方の大学や自治体と連携することで、新た雇用の創出につながり地方が活性化する。地域の特産品や文化財、景観などの地域資源を生かすことで新たな商品開発をし、豪雪や水害、土砂災害などの自然災害もセンサーやドローンなどを用いたIoTによって解決に導くことも可能である。弊害は国の補助金をつぎこむことで、依存体質から抜け出せず、生産性に問題が生じることである。スタートアップ時には補助金の支援はやむを得ないが、事業が軌道に乗った後には、合理化を進めて補助金に頼らずに自前で収益の出る事業へと改変することが望まれる。そのための有能な人材確保に努めることが課題となる。(795字)