本当に。「今」そいつを“闇から救う”のが正しいのか。

記事
コラム
100回で諦める人と、1000回できる人の発想(見えている物・見据えられる何か)は違う。

同じ土俵にすら上げられない。

先にゆってくれれば「私が恥かかなくて済んだのに」と言う未解決を抱えているのは己なのである。
2025/10/14
https://coconala.com/blogs/2997019/649701

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他者がやってもいないのに「できない」「人の助けが必要なんだ」それはお前の経験だろ。何かの未解決が己にあるだけ。
2025/07/03
https://coconala.com/blogs/2997019/604370

本人はそれを失敗とは取らないかもしれません。
別の方法を試すかもしれません。
「これじゃぁ上手くいかないんだ」と何かに。

「(一回で完璧に)できるかどうか」をその相手が“己と同じように”求めているのか。
それは他者にはわかりません。
例え。
“答え”がそこに、あったとしても。

「経験」とはなんでしょうか。
閃きはどこから生まれるのか。
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「経験者」を“自称したい”のなら。
1回でも経験である。
ツインレイ...「何かの肩書があれば選ばれやすい」「何かの数字が多ければすごい」と差を付けられるのは三次元の地球上(見える世界)の話な訳で。“魂の上でのありのまま”は、違うのではなかろうかと。
2024/08/16
https://coconala.com/blogs/2997019/460634

だから「肩書が立派」「数字が多ければすごい」と見えるものがそのままツインレイに適応できる。と思っている時点で、なんかちょっと違うよなぁって。
「ツインレイ“魂の片割れ”」なのです。
論点はそこじゃないはずなのです。
魂は、何を捉えているのか。
心は何を、
知っているのか。

***

だから、あくまで本人の経験の上で“その本人”なのです。
「資格がある」「経験年数10年」と言えば、転職の際の履歴書上は通じるかもしれませんが、それが本当に当の本人の身に付いていて、実際の実力になっているかについては、正直、人に寄りますよね。
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