今更「それの“理解があるかのように”語りだす」つまり、己のこれまでは「それを示せるようなものではなかった」
記事
コラム
と言う“自覚がある”と言うこと。
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「ツインレイとの出会いはバットで殴られたよう」→いや。それ“攻撃”じゃん。現実で考えたらさ。
2026/01/06
https://coconala.com/blogs/2997019/685032
「ツインレイとの出会い」について。述べる人は多数います。
だけどなんか。
「バットで殴られたよう」
なんとなくこう言う表現が流行っていますよね。
でもさ。
魂での己の相手じゃん。
将来の相手との「出会いの場」だよ?
例え想像の上であったとしても。
それをそんな風に攻撃したりする?
まして。
初対面で。
現実で考えたらさ。
その一回でもはや、絶縁を考えるレベルですよね。
「こいつとは分かり合えない」と言う感じです。
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私は自分のことを書きましたけど。
どっちかって言うとなんか。
「ぴったりくっついて離れない」
みたいな印象が強かったです。
どうしても“それでしかない”ものが、そこにあったのかなって。
「“風の時代ですから”と言う女達を見ると、時代が変わらないと意見も言えない女の自己実現はこれからかな。と言う気分になります。」
2024/12/01
https://coconala.com/blogs/2997019/501707
・・・
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これまでやってきて業界に「本当の意味が伝わっていない」と、感じるのであれば、才能ないんじゃないの?
2025/06/09
https://coconala.com/blogs/2997019/587487
だって、自らに“手ごたえを感じていない”ってことだもんね。