トリプルレイ・魂の伴侶(「魂の片割れ」とは違う)・プラチナツインレイと、それはツインレイより“上の存在なんだ”と言えるような概念や、7つのステージ・プロセス・プログラムと言った知識や理解や進みで「差を語れる」ようなものや、
記事
コラム
・ツインレイ統合→「前・後で、二分して分けられるジャッジ」
・ツインレイを肩書に使ったり、初級・中級・上級と語ったりしてレベルに差があるのだと「見た目に示す」
と言った“何か”を殊更に必要としたがるのはなぜなのかと思っていましたけど。
これですね。
自らが「ツインレイに導きが必要である」と考えている以上、その己にも導きが存在する(現れる)のである。なぜならば「己はツインレイと主張している」から。
2025/07/08
https://coconala.com/blogs/2997019/606656
→自らが“願っている”のは何か。
宇宙が自らの願いを叶えてくれるそれを受け取るどころか、回避したい。
“感謝”を忘れた未熟者。
それは「ツインレイ」とは言えないのでしょう。
「ありのままで軽やかに生きる風の時代」の心構えをこれでもかと語ってたくせに、その時代に真っ先にツインレイ概念で地位や上下を主張して上から目線で他者に物申す(本人曰く、寄り添う・アドバイス・導く)ために肩書やハリボテを立派にしようと言うそいつの現状維持になぜ金を払わないといけないのか。
2025/07/08
https://coconala.com/blogs/2997019/606531
自らを生きられず「他者の役に立っている」と言う世間の目に媚売って第三者の承認を求めて(己の不足を何かの見返りで補おうと)生きている。
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自らのことは、己一人では気が付けない・向き合いきれないこともある。そこまではわかるよ。問題は。それを「声高々に他者に述べ(アドバイスをし)たがる己にも当てはまる」んだ。と言うそこをどこまで消化しているのか。
2025/07/08
https://coconala.com/blogs/2997019/606503
まぁ。
人が己を棚に上げたがるのは、確かなのかもしれませんね。
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