“相手の真実”から紡がれた言葉を、あとで「無責任だ」とその相手の人格を貶めるような真似をしたくないから、ツインレイは誰もかれもには話をしないのです。
記事
コラム
「己の真実」を生きているのです。
それは私の内にある。
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貶める(おとしめる) とは?
[動マ下一][文]おとし・む[マ下二]
1 劣ったものと軽蔑する。さげすむ。見下す。「人を—・めるような言い方をする」
2 下落させる。成り下がらせる。「社名を—・める行為」
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ツインレイは、己がなぜ「その相手にアドバイスを求めた」のか。
自身の“見る目がなかった”ことを。
違和感を信じ切れなかったことを。
「No」を受け入れたくなかったことを。
“何かの代わり”に仕立て上げていたことを。
そのすべてと向き合って、先に進んで行けるのです。
私の罪は私のもの。
相手の罪は相手のもの。
過去に、いわゆる「成功者」とでも言える人たちに何か、馬鹿にされたのかもしれません。でも「成功」と呼べるモデルは物や何かを売りたいがために作られていたり、殊更に人とできや進捗を比べられたりしたような。それが変わってきているのです。
2024/12/16
https://coconala.com/blogs/2997019/507322
己が「勝敗を付けたい」と言う“その気持ちから始まった部分”は。
自分で決着を付けなければならないのです。
・・・
「相手が悪い=私が悪い訳じゃない」にしたいままの人がそうなるのかもしれませんね。己を振り返ったら。自らの過ちを認めることになるじゃないですか。「=相手を変えようとしていた」みたいな。
2025/03/14
https://coconala.com/blogs/2997019/541122
相手に期待があった。とか。
それが果たされなくて、勝手に裏切られた気持ちになっていた。みたいな。
「私にも悪いところはあった(=引き際を見極められなかったような)」と言った部分です。
...
相手の結果は私のもの。
私の結果は私のもの。
...
己であるために。
「私の問題は私のものである」と言うところです。