ありのままの自分(自身の本当の実力)と、向き合いきれず。それをほぼ確実に受け取ってもらえる(己の何かの行動を、拒否されたくないと言う保身ゆえ)。と言う打算的な判断による行動で、私はやれている(問題ない)の証明がしたい。

記事
コラム
そもそも論で、単純にそれ。

失敗したくない(自分の意見にNoを言わせない)。
「他者をコントロール下に置きたい=自分が上」と、主張したいだけ。


で、第三者には、すごく慈愛に満ちた人であるかのようにせっせと行動しているように見せかける。
→ただしどっかで見たことあるような、何かの二番煎じにしかすぎない。

そりゃそうだ。
そう言う風に“見えるような”見返りを求めた行動だから。


だから殊更に「相手のため」や「愛」「光」を掲げて己を正当化したがっている。

つまり、自己評価を勘違いしている。


***

まぁ。そもそも。

ありのままの己とは向き合いきれず。
「ツインレイなら悩んでいるのは確実だから」で、ネームバリューに依存するような真似や、概念へ寄生して。

何かを補填して誤魔化したんでしょうね。


その行動を「1」=やった・できた。に変えるために。


✎___
補塡(ほてん) とは?
[名](スル)不足・欠損部分を補って埋めること。塡補。「赤字を—する」
goo辞書




サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら