職業とか職種って、そこに「抑止力」があるじゃないですか。その職で「それ以上は踏み込めない領域」です。でも“自作の肩書”はそれがないと思うんです。

記事
コラム
抑止力(よくしりょく) とは?
活動をやめさせる力。思いとどまらせる力。「核—」「犯罪の—」
[補説]安全保障分野で、侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることによって、侵略を思いとどまらせることをいう。

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抑止(よくし) とは?
[名](スル)おさえつけて活動などをやめさせること。「地価の高騰を—する」「核の—力」

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だから肩書を考えた時に、きちんと。

「この肩書で相手にどこまで踏み込むのか」と言う線引きの設定もしないといけないと思うんです。

だって、それを名乗っているのは自分です。


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簡単に言えば「自分と他人の区別」です。

その境がきちんとある人が名乗っている肩書とか自己紹介は「これは本人だな」って、しっくりきます。


でも。
「己のイメージを操作しよう(よく見せよう)とて何かを掲げている人」はなんかチグハグだなって思います。

そう言う時って、ある意味。
掲げている肩書も曖昧なんですよね。


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曖昧(あいまい) とは?
[名・形動]
1 態度や物事がはっきりしないこと。また、そのさま。あやふや。「—な答え」
2 怪しくて疑わしいこと。いかがわしいこと。また、そのさま。「—宿 (やど) 」
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「自他の区別=他者との線引き」


そうじゃないと。

「自分に返って来られなくなる」んじゃないかなって。

最近思います。



2024/09/20
「職業人」としてそれをする。のと。「他者の心の秘密を聞き出そうと猫を被る」のでは、違うんでしょうね。
https://coconala.com/blogs/2997019/474027

本人は「寄り添います」とか言ってますけどね。
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