「人命救助」とは、一刻を争うのだ。

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何年か前のことです。
地域の自治体に関係してか、親が消防署でやっている救命講習に行くことになっていたのです。
だけど予定が入ってしまって。

私が行くことになりました。

私はペーパードライバーですが免許証はあります。
やったことあるのに。と、ちょっと不服でした。
でも、しかたありません。
とにかくその自治体の何かで一家庭で1人講習を受けることになっていたのです。

父親は、若いカルハが行くのが妥当だろう。と、そう言いました。


***

人形に「心肺蘇生(しんぱいそせい)」、心臓マッサージの練習をするとなった時、講師の消防士さんが「これはお医者さんが言っていたんですが」と、お話をはじめました。


「肋骨は折れても治せる、失われた命は戻らない」



私は、人命救助とは一刻を争うのだ。

ためらっている場合じゃない。

のだろう。と考えました。


まぁね。
それで女性が上半身を晒しているところを写真に撮るのはどうなのか。とか。
事故現場を写真に保存してあったからあとで検証に使えた。とか。
話はいろいろありますよ。

何が正しいのか。

“正しい”は必要なのか。


その場で、何をする必要があるのか。

「肋骨は折れても治せる、失われた命は戻らない」


***

最近ではAEDも普及しています。
それを使う方法もあります。

だからAEDがどこに設置されているのか、把握しておく必要もある。と言う話もありました。


***

救命講習では話は他にもありましたが、あともう1つ。


その時、周りの誰かに、何かを指示した場合です。

相手に、
「必ずここに戻ってきてください」

と、伝える必要がある。と言うお話もありました。

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