【因果応報】って「己が始めた行為の結果は、“どんなものでも”受け入れましょう」って事ですよね?つまり、行為の結果の「良い事だけしか受け入れたくない」は、因果応報に反するのではないのでしょうか?

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コラム
因果応報とは人に罪を与える仕組みではありません。

等価性によって責任を持たせるためのものであり、「あなたが始めた行為の責任を持って、自分で終わらせましょう」という自然の原理です。

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ようはなんでもいい。

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自分を知るスピリチュアルっぽい世界


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『私は良い事をしたんだから! 良いことしか起こらない(返って来ない)!!』じゃぁなくて。

己の行為が、相手にとってはお節介になることだってあるのです。

そこで、
『私はそれであなたを傷つけるつもりじゃなかったのよ。あなたのためを思って言ったのよ。だから私は悪くない』みたいになると、

「己の行為の結果を受け入れた」とは言えませんよね。


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結果が出る前から、善悪を「己の次元で都合よくジャッジしながら因果応報を述べている人」が多いな、と私は感じています。

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