私は親を病院送り(語弊あり)にして実家で一人暮らしをしていました。←
事の起こりは父との喧嘩だったのですが、
時を同じくして、どうにも父が体調を崩したのです。
そこで私は、自分が何かと、ずいぶん悔いました。
だけど家族会議の結果、本人に何か。と言うことになり。
【ちょっと自惚れていたのかなぁ。とも思う。】
https://coconala.com/blogs/2997019/286956
でも、伯母は言いました。
「それが自分のせいだ」と思うと間違える。と。
相手には相手の事情があって、それが相手に必要なことであることもある。と。
【家族関係とチューリップ】
https://coconala.com/blogs/2997019/287593
父と喧嘩したのが悪かった訳じゃない。と身内には言われますが。
なんだか話がどんどん発展して行きました。
今後について考えると、ちょっと時間がかかりそうです。
自分じゃ手に負えないのでヘルプです。
病院に連れて行きました。
お医者様も本人の問題でしょう。と言いました。
歳も歳なので、脳や身体機能面を調べましょう。と検査入院になりました。
このまま死んだらどうしようか?
家に帰れなくて介護施設とか老人ホームを探さないといけなくなるのだろうか?
医者に本人の問題だと言われても考えてしまいました。
きっかけを作ったのは私ではないのだろうか。と。
容体が急変すれば、延命治療(の、ようなものです。「それをしても戻ってくる可能性は低い」とでも言うか)をするかどうか問う事態になることもある。
と言うお医者様の説明がありました。
私は説明の時、「(その治療を)やってください」と即答できませんでした。
お医者様もその場で回答は問いませんでした。
いずれ、その機会にまた話ましょうと言いました。
家に帰りながら考えました。
そこで、「“何としても生かして欲しい”と言えなかった」それが答えなのかな。と。
だから伯母に電話しました。
伯母は話を聞いてくれました。
それで生かされることが生きることになるのか。
「人」として終わりを迎える。とは。
伯母とは意見の一致を得ました。
まぁ、容体が急変することはありませんでした。
だから、お医者様からその話ももうでませんでした。
今後、本当にそうなったら時、私の口からどんな言葉が出るのか。
それはまだわかりません。
病院での治療がとてもよく、崩した体調はちょっとして回復に向かいました。
大きい検査の結果も問題がない。との事でした。
細かい話はありましたが、それは治療できる範囲です。
帰ってこられるんだ。と思って。
私はうれしかったです。
こうなると、実家一人暮らしをマジで満喫です。←
これでもか、と旦那さまと イチャイチャ((っ´ω`)♡(´ω`⊂ ))イチャイチャ した感じです。←
まぁ、気兼ねすることはありませんからね。
好きなものを買って食べたり、仕事のあとアフター5だ。と、ちょこちょこ飲みに行ったりしました。←
まぁ、一応病院の連絡がくるかも。
だったので遠出は控えました。
実は、伯母からお小遣いも頂きました。軍資金はばっちりです。
伯母は、「今はもう、そうお金を使うことはない。だから、カルハに使うことができてうれしいのだ。」と言いました。
私は、「私の存在が誰かにお金を使う機会を与えている」と言うことを改めて感じました。
それから、私は家の掃除(と言うか片付け?)をしました。
ちょっと片付けないといけない事情もありました。本当は父がするつもりだったのですが、その頃は退院のめどはまだついていません。
やりました。←
入院の説明をしたご近所さんに話がてら、ついでに家の掃除してます。って言ったら、
「やっぱり女の子ね。これが男の子だとやらないわ」と言われました。
まぁ、これはわが家が散らかっている。と言う事情のもとはじまっただけです。
また、家や家族になんの興味もないそれこそ引きこもりの女の子だったらやってないと思います(これは私の偏見です)。
もちろん、「私の働きが褒め称えられている(←)」と言うことに変わりはありません。
お礼を言いました。
年齢を聞いたご近所さんから、「今まで人生を走ってきて、はっと、自身を振り返る時期である」と言う話も出ました。
また「明日は我が身である、他人事ではない」と言うのを、ひしひしと感じました。
他にも、父からの指令(本人から電話がきました)で畑の手入れをすることになりました。
とある野菜の芽が出ているはずだ。と言うので、周辺の草むしり、肥料をまく、枯れないように水やりです。
不思議なもので。そこそこにできるのです。
それがその野菜の芽だと私はわかります。だから雑草だけ抜けます。
父の使う肥料の使い方を知っています。
伯母に「なんでかできるの、私(まぁ、完璧じゃないよ。枯れない程度に)」と言ったら話を「貴女は(父から畑の話を)いろいろ聞いていたのね。と言われました。
確かに、ここ一年の動きはだいたい頭に入っています。
肥料をどんな時にまいたらいいのか、とか。連作障害を防ぐためにどうしているか。とか。
まぁ、父が勝手に話をしてくるのでいやいや聞いていた部分もありますが、私は一応の興味関心はあるのだ。だから詳しくも聞いていたのだ。
それで困らないのだ。と、ちょっと嬉しかったです。
体調不良の原因の治療は、今後通院で可能である。と、父は退院して帰ってきました。
退院日が決まると、帰ってくるのか……。と、ちょっと残念に思った自分もいます。←
で、帰ってきた父ですが、病院で世間から隔離された生活の中で思うところあったようです。
自分は何がしたいのか。どうしてもやりたいことは。
と、父自身も日々の生活を考えるきっかけになったようです。
今回の件は、改めて父との距離感を考えるきっかけにもなりました。
それは父の人生なのだ。
聞きたくないと思う話は、あくまで、父の人生であって。
私の人生とは関係ないのだ。←
***
私に一人暮らしを勧めますか?
私は大丈夫です、短い間ですがやったこともあります。
まぁ、今回の件で家を出ていた方がよかったのかもしれない。とは思いました。
確かに一人暮らししたい。と思うことはあります。
でも、やっぱり大丈夫です。
だって、私が一人暮らしをしたければ、親が出て行ってくれるようです。←
まぁ、元気に退院したのでそんなことが言えるのです。
これも「私の人生」と言うことでしょうか?
私が次に家を出るなら、新居は貴方が用意してほしいです。←
まぁ、そこら辺は追々です。
あ、病院に行く時はマスクをしました。
そこはしかたありません。
入院しているのは私じゃないので。←
久しぶりに長い記事を書きました。