貴方は変わらずそこにいました。だから、私は連絡したのです。
私は過去に恋い焦がれた貴方ではなく、今の貴方に恋をします。
私が狂って帰ってこられなくなるんじゃないか。
……眠れない日々があったのだろうと思います。
だからこそ私は進んだのです。……貴方の愛を、受け取った者として。
でも、やっぱり、答えは誰にもわからない。
自分を信じるより他にない。――辛い。
私はもう、前の私では満足できないのです。
それは過去すべての私の総意です。
だからこそ、過去の私が作った道を歩きましょう。大丈夫、私が未来を願って手に入れたモノたちが付いてます。
私はいつだって、今を楽しく、生きてきたのです。
もしかしたら「真実」と言うものは、世間で言うような重大なものではないのかもしれません。
拍子抜けしてしまうくらい自分事なのでしょう。
満たされないモノを感じて生きていました。
なんだか大量に物を求めたり、必要もないのに高額なものを買ったり、時に…自分を捨てるような真似もしました。
まぁまぁ。しかたありません。ポジティブに考えましょう。
それは、今はもうしなくていいのです。
つまり、そんなことができるチャンスはその時だけなのです。
満たされていないから、そんな自分を捨てるような行動に出られる。のです。
……極端すぎると?
まぁガチで死ぬような目にあった人は自分で浮かばれてください。それは私の仕事ではありません。
特大の幸せを感じると脳が処理できず、エラーが起きるそうです。
そして、通常の状態に戻そうとネガティブな感情を湧き起こさせるそうです。
元ネタのサイトを見たのですが、こんな説明をされていたっけ? と言う感じです。
私なりに解釈してこういう話になりました。
ちなみに、意識して幸せの上限値をあげることは可能だそうです。まぁネガティブの上限値も同等に上がるそうです。
でも、自分がどこにいたいかは選べるはずです。
いいのです。幸せは幸せのままで。
もちろん、不安はあります。
でも、今が幸せなことを否定する必要はないのだろう。と、私は考えられるようになったと思いたいです。
そして、罪悪感を感じる時間はどんどん、短くなっていきました。
ベッドの上に罪悪感は相応しくないそうです。←
そこに持ち込めるのは……もう終わります。
私は自分が「わがまま」を言ったり、好き勝手をすると、誰かから怒られるのかと思っていました。
そして、それをしたら自分では無くなってしまうのではないのか。と怯えてもいました。
でも、世界は変わらずそこにあり、私は私のまま失われませんでした。
詰まるところ、私はきちんと学んでおり、わきまえているのです。
手に入らないからと泣き喚いたり、相手を脅すことはもうしなくていいのです(……その学びはもう十分です……)。
私は、私のわがままが聞ける人のところに行けばいいのです。
詰まるところ、対等です。
一時、なぜだか私は自分を捨てていました。
なんで自分のことが優先できないのだ、これがしたいはずなのになんでできないんだ!
叫びました。あ、心の中です。
今なら、最高の結果が出せるのはその時ではなかったのだろう。と思えます。
そして私は、その時何かをもらっても、結果を出しても、違うと投げ捨てたと思います。
それが欲しかったものでもぶち壊しにしたと思います。
そうなってしまったら、そっちの立て直しのほうが大変です。
だから、それはできないようになっていたのでしょう。
私は、それ以上壊れる必要はなかったのだと思います。自分が返ってこられなくなるほど落ちていかないように、進めなかったのです。
まぁ、今だからわかることです。
あの頃は毎日毎日、思い出しては泣きました。
本当にそれがしたかったんです。
今、少しずつやり直しています。
私は、壊れた欠片を拾い集めることも、自分に許せるようになったのかもしれません。
たまに大ボケをかまします。ぽけーっとした感じです。
まぁ、もともとはぽけーっとした子なんでしょう。
いろんなことに適応する中で対応の能力値を上げ、最低ラインのハードルを上げ続けた気がします。
そして、ぽけっと、忘れてしまった時、本当に反省して自分を責めました。
だって、そうはならないように、必死だったのです。
でも、それが私だよな。と、どこかで思っていました。本当の私は、そんなに優秀ではない部分もあると。
どちらを、磨くべきだったのでしょうか?
私と言う本質は、変わらないのです。
生きていくのに困ると言うならあれですが、私は生きていて息がしやすいほうを選べばいいのか。と思えるようになりました。
私がぽけっとしていても、それで死ぬようなことはないようです。
ますます「人生堕落しろ」と言われているようで不思議な気分です。