偽物の自分を生きてる感覚がある?
こんにちは。セールスコピーライターの岩井直樹です。
もしかしたら、あなたも日々の中で
ふと立ち止まってこんなことを考える瞬間があるかもしれません。
・「もっと自分らしく生きたい」
・「本当の自分って、どんな私なんだろう?」
こんな感じの事を考えたことはありませんか?
テレビドラマの主人公はいつも自分らしく生き
映画の中の登場人物は葛藤を乗り越え「本当の自分」を見つけていく。
そんなフィクションの世界に触れるたび
私たちは「あるがままの自分」という言葉に
時に希望を、時にプレッシャーを感じているのかもしれません。
でも、そもそも「あるがままの自分」って、一体何なのでしょう?
そして、それは本当に存在するのでしょうか?
「あるがまま」って、どんな私?
「あるがまま」と聞いて、どんな自分を想像しますか?
例えば、
・誰の目も気にせず、素直な感情を表現している自分。
・社会的な役割や期待から解放され、自由に振る舞っている自分。
・子供の頃のように、純粋で無邪気な自分。
もし、そうした「あるがままの自分」が完璧な形で存在するなら
私たちはどんなに楽だろう、と思いますよね。
しかし、現実の私たちは
・仕事ではプロとして振る舞い。
・家族の前では親や子として。
・友人とは気兼ねなく冗談を言い合う……。
などと様々な場面で、私たちは異なる顔を見せています。
そう考えると、「あるがままの自分」とは
常に一定で変わることのないものではなく
状況や関係性の中で多角的に現れるものなのかもしれません。
なぜ「本当の私」を探してしまうの?
それでも私たちは、「本当の自分」を探し続けてしまいます。
なぜでしょうか?
それは、きっと「今の自分」に何らかの違和感や
窮屈さを感じているからかもしれません。
・「もっとこうありたいのに」
・「こんな自分は本当の私じゃない」
といった思いが、私たちを「あるがままの自分」への
探求へと駆り立てるのです。
私たちが社会の中で生きる上で
他者からの評価や期待に応えようとすることは自然なことです。
しかし、それが度を超すと、自分自身の本音や感情に蓋をしてしまい
結果的に「本当の自分が見えなくなってしまった」と感じてしまうことが
あります。
「あるがまま」は、内なる自分?
では、「あるがままの自分」は、どこか遠くに隠れていて
見つけ出すものなのでしょうか?
私は、もしかしたら「あるがままの自分」とは
すでに私たちの中に存在しているけれど
私たちがそれに気づいていないだけなのではないかと考えています。
普段の生活の中で
・ふと心が軽くなる瞬間
・誰かといて心から笑える瞬間
・夢中になって時間も忘れる瞬間
などはありませんか?
そういう時こそ、あなたは「あるがままの自分」に
近い状態にいるのかもしれません。
そのままでOK!「私」は変化する存在
「あるがままの自分」という言葉に完璧を求めすぎると
かえって苦しくなってしまうこともあります。
私たちは常に変化し、成長していく存在です。
今日の「あるがまま」と明日の「あるがまま」が
全く同じでなくてもいいのです。
大切なのは、「あるがままの自分」という理想の形を追い求めることよりも、今の自分が感じていること、考えていることに、正直に向き合ってみる時間を持つことです。
・どんな時に喜びを感じる?
・何をしている時に心地いい?
・どんな価値観を大切にしたい?
こうした問いかけを自分にすることで
少しずつ「私らしさ」のヒントが見えてくるはずです。
それは、特別なことではなく
日々のささやかな感情や選択の中に隠されているのかもしれません。
まとめ:あなたは、もう「あるがまま」の自分
「あるがままの自分は存在する?」
この問いへの答えは、
もしかしたら「常に変化し、発見され続けるもの」なのかもしれません。
私たちは、社会の中で様々な役割を演じながらも
確かに「私」という存在でここにいます。
完璧な「あるがまま」の姿を探し求めるあまり
自分を苦しめないでくださいね。
今この瞬間のあなたの感情や感覚に耳を傾けてみてください。
きっと、そこには紛れもない「あなた自身」が存在しているはずです。
あなたは、あなたのままで素晴らしい。
そう思える瞬間が、少しでも増えることを願っています。