きっかけは、購入者さんとのやり取りでした。
作品や発言について「ここが良かったです」と伝えたとき、その言葉をすっと受け取る人もいれば、すぐに打ち消してしまう人もいます。
そのやり取りを何度かするうちに、
褒め言葉をどう受け取るかって、その人のその後にも案外影響するんじゃないかな。
と思ったのが、この記事を書こうと思ったきっかけです。
まずはじめに断っておくと、私は「褒められること」が得意な子どもではありませんでした。
褒め言葉をそのまま受け取るより、
「これ、お世辞じゃない?」
「真に受けたら痛い目を見るやつでは?」
くらいに思っていました。
褒められても、
「なんで褒めてくれるの??」
「何も出てこないけど……あわわ」
という感じ。
どう反応するのが正解なのか、よく分からなかったんです。
でも大きくなるにつれて、ひとつ気づきました。
褒められたときに、素直にうれしそうにしている人って、なんか得してる。
だって、褒められてるし。
今回、購入者さんとのやり取りをきっかけに改めて考えてみて、
受け取り方って、思っている以上に、その後の自分を変えるんじゃないか。
と思った話です。
事実と、そこから先の解釈は別もの
たとえば、自分が作ったものに対して、
「このデザイン、すごく好きです」
「この文章、読みやすかったです」
と言ってもらったとします。
ここで起きた事実は、とても単純です。
「自分の作ったものを、良いと思ってくれた人がいた」
ただそれだけです。
でも、そこから先は人によって違います。
「いやいや、たまたまでしょ」
「この程度で褒められても……」
「きっと気を遣って言ってくれてるだけ」
と受け取ることもできます。
反対に、
「ここ、ちゃんと伝わったんだ」
「この方向を好きな人がいるんだな」
「じゃあ次は、ここをもっと伸ばしてみよう」
と受け取ることもできます。
面白いのは、自分では欠点だと思っていたところを褒められることすらあることです。
たとえば、
「私の文章って、ちょっと淡々としすぎてるな」
と思っていたのに、
「余計なことが書いてなくて読みやすいです」
と言われる。
自分の中では「足りないところ」だったものが、他人から見ると「良いところ」だったりする。
そこで、
「いやいや、そんなことないです」
と全部はね返してしまえば、それで終わります。
でも、
「この人には、ここが良く見えたんだな」
といったん受け取ってみれば、
「もしかして、これは自分の強みなのかもしれない」
という新しい見方が生まれます。
人は、事実をそのまま受け取っているわけではない
たぶん私たちは、起きたことをそのまま飲み込んでいるわけではありません。
過去の経験や、自分の価値観を通して、一度意味づけしてから受け取っています。
この文章だってそうです。
私が何を書こうと、読んだ人の経験や考え方によって、少しずつ違う意味で受け取られます。
同じ褒め言葉でも、
「評価された」
と感じる人もいれば、
「気を遣われた」
と感じる人もいる。
「自分の強みを教えてもらった」
と感じる人もいれば、
「まだまだなのに、こんなことで褒められて恥ずかしい」
と感じる人もいる。
どの受け取り方にも、その人なりの理由があると思います。
だから、
何でもポジティブに受け取ればいい
と言いたいわけではありません。
違和感があるなら、その違和感も大事にしたらいい。
ただ、
どうせ私たちは何かしらの解釈を加えて生きているのなら、自分を少し生きやすくする解釈を選んでもいいんじゃないか。
私はそう思うようになりました。
本当はうれしいのに、傷つかないために疑っている。
期待して裏切られるのが怖いから、最初から価値を下げている。
もしそうなら、その受け取り方は今の自分にも必要なのかな、と一度考えてみてもいいと思うんです。
褒め言葉は「評価」だけじゃない
褒められると、つい、
「自分はその評価に見合っているのか」
を考えてしまいます。
でも、褒め言葉って必ずしも採点結果ではありません。
「私はここが好きだった」
「私はここに助けられた」
「私はここを面白いと思った」
という、相手から届いたひとつの情報でもあります。
特に何かを作っている人にとっては、この情報が意外と大きい。
自分では普通にやっていたことを、
「そこが良かった」
と言われる。
そこで初めて、
「え、そこって価値があったんだ」
と気づくことがあります。
自分ひとりで自分を見ているだけでは、なかなか気づけないことがある。
だから褒め言葉って、
**他人の目を借りて、自分を知るための情報**
でもあるんですよね。
褒められ上手が、なぜ伸びるのか
ここまで考えると、褒められるのが上手な人が伸びやすい理由も見えてきます。
褒め言葉を受け取れると、
* 「これでいいんだ」と自信につながる
* 「またやってみよう」と次の行動につながる
* 自分では気づかなかった長所に気づける
* 周りの人からフィードバックをもらいやすくなる
* 「もっとこうしてみよう」と試行錯誤につながる
という循環が生まれます。
たとえば、
「この説明、すごく分かりやすかった」
と言われたとき。
「いやいや、全然ですよ」
で終われば、その情報はそこで消えます。
でも、
「どこが分かりやすかったんだろう?」
と少し考えてみれば、
「例を入れたからかな」
「専門用語を減らしたからかな」
「順番を変えたのが良かったのかな」
と、自分のやり方を振り返るきっかけになります。
そして、
「じゃあ次もやってみよう」
につながる。
褒められることそのものが人を成長させるというより、
褒め言葉から何かを受け取れる人は、次の材料をひとつ多く持てる。
だから伸びやすいんじゃないかと思います。
素直さは、「何でも信じること」ではない
昔の私は、「素直に受け取る」ということを少し怖いことだと思っていました。
相手の言葉を信じたら、騙されるかもしれない。
調子に乗ったら、恥ずかしいかもしれない。
期待して、あとで違ったら傷つくかもしれない。
だから最初から、
「そんなことないです」
「大したことじゃないです」
と、自分で小さくしておく。
その方が安全だったんだと思います。
でも今は、
素直さと無防備さは別物
だと思っています。
素直でいることは、何でも信じることでも、何でも肯定することでもありません。
目の前で起きたことや、自分の中に起きた感情を、
「そんなはずない」
と最初からねじ曲げないこと。
うれしかったなら、うれしい。
誰かに褒められたなら、
「この人は今、私のここを良いと思ってくれたんだな」
と、いったんそのまま受け取ってみる。
そのうえで、どう扱うかは自分で決めればいい。
褒められ上手は、受け取り上手
昔は、褒められると困っていました。
何と言えばいいか分からないし、
真に受けるのも怖いし、
かといって否定するのも変な感じがする。
でも今は、
「ありがとう」
で、いったん受け取っておけばいいんだと思っています。
褒められ上手は、きっと受け取り上手です。
良い言葉も、
新しい視点も、
自分では気づかなかった可能性も、
いったん受け取ってから考えられる。
全部信じなくていい。
全部自信に変えなくてもいい。
ただ、最初から捨てなくてもいい。
自分の可能性を決めるのは、誰かの評価だけじゃありません。
その評価を、自分がどう受け取るか。
そこにも、ちゃんと自分で選べる余地があります。