ちょっと肌寒くなった秋の空気が、ゆっくりと部屋に入り込んでくる午後。
リビングには、さっきまでキッチンで広がっていた柚子の香りがそのまま漂い、
空気の冷たさと混ざり合って、季節の気配をやさしく揺らしていた。
カップに注いだあたたかな柚子茶を両手で包むと、
甘くて明るい香りがふわりと立ちのぼり、
部屋いっぱいに満ちているフレッシュな柚子の香りと重なり合って、
まるで自分だけの小さな光の層が、そこにふっと生まれたようだった。
その香りをゆっくり吸い込んだ瞬間、
頭の奥に残っていた疲れが静かにほどけていき、
脳の中の柔らかいところで、じんわりとした幸福が灯るのを感じた。
柚子茶はこれまでも何度か飲んできたはずなのに、
今日の一杯が格別に美味しくて、胸の奥にまで幸福感が沁みてくるのには、ちゃんと訳があった。
人は、自分の手で収穫し、手を動かして作ったものを味わうと、
脳の“報酬系”と呼ばれる場所が反応し、
その味や香りがいつもより深く感じられるという。
手間と時間をかけた分だけ、
「ごほうび」のような感覚が強くなる仕組みだ。
今日は、初めて庭の柚子を自分の手だけで収穫した日だった。
高枝切りばさみを握りしめて枝の中に手を伸ばすたびに、
鋭いとげが何度も指に刺さって、ちいさな血がにじんだ。
それでも、ひとつ、またひとつと実を収穫するたびに、
ほのかな香りが手のひらに移り、
気づけば体が整っていくような、不思議な感覚があった。
収穫した柚子を、キッチンで一つずつきれいに洗う。
まな板の上で半分に切り、ざるを乗せたボウルに果汁を絞る。
残った皮と実をスプーンで分け、皮だけを取り出して2ミリ幅に細く刻む。
刻んだ皮を深鍋に移し、水を張って沸騰させ三度ゆでこぼす。
ゆでこぼした皮の重さを測り、その0.8倍の砂糖と、
お茶袋に入れた種、先ほどの果汁を鍋に入れて中火にかける。
種を入れると自然にとろみがつく。
沸騰してきたら灰汁を取り、弱火で15分静かに煮る。
煮終わったらお茶袋を取り出し、鍋を冷ます。
――――――
そして、ようやく完成したジャムをカップに移し、
お湯を注ぐと柚子茶の出来上がり。
ほかほかの湯気と一緒に立ちのぼる香りを吸い込んだとき、
自分で“手間暇かけた時間”ごと味わっているような
格別な贅沢がそこにあった。
柚子茶が全身にしみわたるように感じられた。
収穫した柚子は、キッチンだけではなくバスルームでも
私を静かに満たしてくれた。
湯舟に浮かべた柚子の実にそっと手を沈めると、
皮からゆっくり広がる香りが湯気と混ざり合い、
身体の奥に残っていた緊張が少しずつ溶けていく。
指先にふれた湯面から、ほのかな温もりと香りが立ち上がり、
呼吸が自然と深くなる。
柚子を浮かべただけなのに、驚くほど心が静まっていく。
まるで香りの中に体ごと沈んでいくような、そんな癒しの時間だった。
そして、もう一つの楽しみは、皮をざるに広げて干すこと。
陽の当たる場所で1〜2日乾かすと、
皮はほんのり色が濃くなり、指に触れるとカラリと軽い。
瓶に入れて保存すれば、1年中その香りを楽しめる。
香炉の上でじんわり温めると、ほのかな柚子の煙が
ふわっと立ち上がるらしい。
まるで天然のお香のような香りを、いつでも楽しめると思うと、
出来上がりが待ち遠しくてワクワクする。
今度、秋晴れの日にゆっくり試してみたい。