毒親のしてきたこと8

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学び
一人暮らしになってから
私はとても幸せになりました。

ご飯つくりも、弁当も洗濯も掃除も
今までやってきたことです。
全く苦になりませんでした。

先生に「たまり場にはしない事!」
と約束したので友達は来ても
1人か2人づつ招きました。


月に一度、食費を渡すという名目で
両親は家にやってきました。

定期代を合わせて3万円。

私は親友の家に近いところで家を
選んでいたので、晩御飯は
食べに行ったりして
お金は服や髪の色に消えていきました。


病気で休むと担任がケーキと
私がいつも購買で買っているドーナツを
お土産に持ってくるほど心配してくれました。

そんな楽しい高校生活を
送っていましたが卒業まじか
学校は南校舎と北校舎に分かれていたのですが
卒業式は一緒にする事になって

練習に丁度ブロンドヘヤ―で行っていたら
別校舎の先生たちが
「伝統が崩れる。あんなクズをなんで指導しないのですか?!」
など色々、先生達が言われたそうで
「式の日だけ黒くできない?」
「先生たちもいろいろ言われてムカついたよ!」
と私や私の友達に先生が頭を下げて
頼んできた。

私はもちろん自分を捨てる事は
絶対に嫌な人間なので
「無理」
と先生に言いました。

すると今回は親に頼むしかないと担任が
親に電話し、母親は怒りマックスで
私に電話してきて
「クズが!卒業式に絶対出るな!」
と言ってきられました。

私は丁度、卒業式の為に
クリーニングに出していた制服を取りに行き
制服をハサミで切刻んだ。

卒業式は休み。
夜にオタク以外のクラスの皆と
20人位で飲みにでかけた。

友だちが
「後輩が先輩は?って薔薇持って待ってたよ」
と言ってくれた。
私は後輩にも慕われていたので
当然と言えば当然の事だった。
制服を切り刻んだ朝は辛かったが
皆と飲めて楽しかったので
私の卒業式は良い一日になった。



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