毒親がしてきたこと5

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コラム
私は早く家を出たかったんで美容師になるつもりでいました。

寮付きの美容院が雇ってくれると約束していたので・・・

しかし、半年きった所で寮から出る人が
あと一年居座ることになったと言われ
家から美容師なんて毒親が許すはずがない…
私は高校を滑り止めなしで受ける事で
親と交渉しました。

倍率3分の1.これなら普通科ではないが
許してくれると思い食物科を選んだ。
結果、合格してしまったが・・・
女子高だったので嫉妬、妬みがなくて
楽し学校生活だった。

2か月目で友達と2人で
生活指導の老いぼれじじいに
「お前ら退学しろ!」
と、職員室の真ん中で叫んだ。
品格が下がるとか、伝統がどうだ、とか言われて
友だちは職員室を出て泣き出したが
「来年あいつは定年だから、我慢してがんばろ!」
と私は折れなかった。
他の先生は私たちに強く出れない、
嫌いな先生の授業をうけなかったが
好きな先生にはフレンドリーで楽しかった。

実際、生活指導が定年したらもう
やりたい放題していた。担任とも仲良かったので
髪の色なんかで電話してくることはなかった。
もう勉強もせず、
親の事も「ババア」「ジジイ」と言っていた。
茶碗を投げつけられたりすることもあったが
私と身長があまり変わらないジジイとは
取っ組み合いで殴りあっていた。

そして友達の家を渡りあるいて
極力、帰らないようにしていた。

私の校則違反は髪、制服、ピアスだったが
呼び出されても行かなければ追及してくることは無かった。
一度「あなたの真似をしてくる子が出たら困るから。」
と言われたが私は制服のリボンではなくネクタイをしめ
ウエストが絞られてAラインに改造された制服。
髪の色は2か月に一回変えたり
パーマをかけたりしていた。
「先生。進学、就職考えてる普通の奴が私の真似できんの?」
と言ったらもう何も言わなくなってきた。

私は保健室に入り浸ることが多かったので
先生が必要な時は私を迎えに来ていた。
先生が何か言いたそうにしてるのに
学級崩壊状態。

そこで、私が一言「だ~ま~れ」と
言うとシーンと静まり返った。
「先生が話があるってよ。」
とサポートしていたので私は先生には
好かれていた。

この時の私は留学が夢だったので
その資金、800万は水商売で稼ぐと
もう決めていた。
ジジイに水商売すると言った時
ジジイは「水商売はどうゆう所か知って言ってんのか!?」
と激怒した。なんで激高したのかは
最近分かったがジジイ韓国の出張が結構あった。
韓国のスナックはフロアで選んだ子とお持ち帰りするシステムらしいのだ。
話だけのスナックを知らないエロジジイらしい話だ。

それだけ好き放題していた私だが
やはり眠れず音楽とリストカットで紛らわしていた。
ある時保健の先生が
「それ、病気かもしれないわよ?行ってみなさい」
と言ってくれたおかげで
自分がおかしいわけではないんだと思った。

そしてお腹が痛いから、と嘘をついて
精神科にかかった。
先生に話を聞いてもらっている間
涙が流れてきた。幻覚、幻聴もあったので
薬物をしていないかのMR検査されたが
脳はちじんで無かったので
統合失調症の可能性があると言われた。
とりあえず安定剤と睡眠薬をもらって帰った。

家に帰って先生が親と話したがっていると言うと
「精神科に行ったなんてご近所に知られたらどうするのよ!」
といつもの自己中、世間体重視。


一度は病院に行ってくれたが2度目は無かった。
自分が否定されたことを受け入れられなかったのだろう。

長くなったので今日はここまで。
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