もーりーと申します。
私はとある企業の役員をしていて、斎藤一人さんを尊敬しています。
初めてのココナラでのブログ投稿なのに、非常にどうでもいい話を書きます。
私は、余暇を過ごすことが下手です。
仕事やマイルーティンなどはあり、それらを楽しむことは出来るのですが、
そのような「しないといけない」や「した方が良い」に値しない、
どうでも良いことをすることが非常に下手です。
もしかしたら、真面目に義務教育~大学を経て、仕事に取り組んできたのが悪い方に出たのかもしれません。
例えば時間が余っている時、
ゲームをしてみます。そうすると、30分くらいですぐ飽きてしまうのです。
家で映画を見るといっても、映画を見だしたら面白いなと思ってみるのですが、少し没入感は薄れます。見る前は「見てもいいけど見なくてもいい」そんな感じになってしまいます。
マッサージは好きです。マッサージは好きですが、このお金を他の有意義なっ他のことに使えるなあなんて思ってしまいます。
映画館で映画を見ることは好きです。何だか、映画専用の時間を、映画館というハコの中で集中して確保するようで、安心して没頭できます。
恐らく私が分析するに、余暇を楽しむにあたって、
「無駄が嫌い」「必要性を感じない」などと思ってしまうから、楽しめないのだと思います。経営者の特徴かもしれないですが、それだったら仕事をした方が誰かの役に立てるなんて思ってしまいます。
そこで私が考えた、斎藤一人さんの考え方に沿った解消法は以下です。
①どっちでもいい。どうでもいい。楽しい方をすれば良い。
と一人さんはおっしゃいますので、楽しい方を選んでやるようにすればいいと思っています。有料のことをする時は特に、「このお金で、~~が出来るなあ」など考えてしまうのですが、自分がお金に困らない範囲でお金は結局どこかで使わないといけないので、楽しそうだなあと思う方に使っちゃったほうが結局いいのです。
②死ぬときに天国(地獄)に行くときに聞かれることは、「人に親切にしましたか?人生を楽しみましたか?」だそうです。
この2つの質問にイエスと答えられる内容であればすればいいのです。
③これは一人さんではないのですが、iphoneを創ったアップル社の創業者、スティーブ・ジョブズのお話し「コネクティング・ドッツ」
日本語訳すると、点と点を結ぶ といった感じなのですが、今現在では役にたっていないようなことでも、興味をもったものに取り組んだり時間を注げたりしておくと、後で全く思いもしないとこで活かせるときがある。点と思っていたことが、線としてつながる瞬間がある、という意味ですね。
無駄なものはない。けれども、今自分が楽しいと思えて、没入出来て、②「人に親切にしましたか?人生を楽しみましたか?」にイエスと答えられるようにすれば、おのずと時間があるときの余暇を楽しむことが出来るのではないでしょうか。
全く贅沢な悩みです。感謝申し上げます。