自分の失敗と向き合う

自分の失敗と向き合う

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本日も記事をご覧いただきありがとうございます。

山の中間地点に到着。

ここからは少し周りを見渡しながら走っていく。

理由は1つ。

前回の下山中に、道を間違えた原因を探るため。

注意深く周りを観察していると、

「あった!」

道が3つに分かれた場所に出る。

今来た道と、正面の道。

そして、ぐるりと回ってUターンする道。

上りの場合はUターンの道を選択することはないから、正面の道が一択。迷う心配はない。

でも、

下山の場合は・・・。

道が二手に分かれている。

そして、柱の表記は3つもある。

「← 風吹岩」
「→ 雨ヶ峠」
「→ 黒五谷」

2つの別れ道に案内が3つ。

3つ目の案内は自分が通ってきた道を表している。

ということに、今初めて気付いた。

疲労していたら、間違えてしまうかもしれない。

自分の心のモヤモヤがやっと晴れた。




人はいつの間にか、自分の間違いに目を背けてしまう時があります。

前回の下山中。

道を間違えた時に原因を見つける事もできた。対策を考える事もできた。

でも、疲労の影響もあり、根本的な原因を探ることなく下山。

そこからずっと気になっていた。




前回の登山では道に迷ったため、

上りは2時間。下りが約3時間のペースになった。

登山で上りよりも、下りが遅いというのはありえない。

単純に考えて、上り坂よりも、下り坂を歩いた方がはるかに速い。

下りなのに1時間のタイムロス。

その心配が解消できたのは大きい!




中間地点を越えて、最後の上りが続く場所に入る。

上り坂や角度が少し急な階段が増える。

そんな状況で、前方に人を発見!

道を譲ろうとスピードを緩めた瞬間。

「こんにち・・・うわぁ!」

足をとられた下り階段。

「大丈夫ですか?」

優しい方々が声をかけてくれる。

「あ、大丈夫です。ありがとうございます。」

笑顔で返すものの、盛大に転んだ姿は隠せない。

気恥ずかしさを感じながら、

僕は進んでいったのでした。。




追伸
 自分が転んだ時の人々の優しさ。

嬉しさと恥ずかしさで、複雑な感情になってしまいますね。

今回の登山では、前回の失敗と向き合うことができました。

「自分の間違いに目を向ける」

これはとても大切なことです。

大人になればなるほど、自分の間違いを認めるのが難しくなったり。変なプライドが出てしまったり。

自分の能力を過信してしまうことが多くなる気がします。

でも、

よくよく考えると分かるんですよね。

例えば、テストの答案用紙が返ってきた時。

最初に注目するのはテストの点数です。

結果に注目し過ぎると、自分がどうやって間違えたのか。

どんな問題が得意で何が苦手なのか。

これに気付けなくなります。

そして、同じ問題に出会った時。

再び答えを間違えてしまうんですよね。

これはテストだけにとどまらず、仕事、恋愛、プライベート。

すべてにおいて言えることです。




もし人が関わっているもので、同じ失敗を繰り返していたとしたら、知らず知らずのうちに信頼を失っているのかもしれません。







































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