本日も記事をご覧いただきありがとうございます。ひろです。
人について考える。
本日のテーマは、
「話す目的」
です。
「なんでなんですか!」
宇宙人がいるかいないかに対して、彼はヒートアップしている。
「宇宙人はいてもいいと思いますし、いないと言う人の主張も分かりますからね」
「それは分かりますけど」
「逆に聞いてもいいですか?」
「はい」
「僕が宇宙人がいると認めた場合、ご自身に何か変化はありますか?」
「そりゃあ、ありますよ」
お、興味深い。
「どんな変化がありますか?」
「僕の仲間って事です」
「なるほど。認めなかった場合はどうなります?」
「仲間じゃなくなりますね」
「なるほど」
仲間の基準が、宇宙人問題と結びつく。
彼にはそういうルールがあるのか。
「もう一つ聞きますね。子どもの頃、友達はどれくらいいましたか?」
「え」
「友達の数です。どれくらいいましたか?」
さっきまでの勢いはウソのようにおさまり、
「少なかったと思います」
とつぶやくように彼は答える。
「あとは、ご自身が何かを主張した時に否定された経験はありませんか? 親御さんでもお友達でも」
「そりゃあ、ありますけど」
「特定の誰かを思い浮かべられませんか?」
「特には・・・。僕って、もしかして何かおかしいですか」
彼は不思議そうな顔をしている。
「人っていうのは、何をテーマに話すかで気分が変わるものなんです」
「そうですかね?」
「例えば、自分がやっていて楽しいものについて話す時は、嬉しそうに話します。でも、自分があった嫌な出来事について話す時は表情や声のトーンにまで変化が及びます」
「うーん・・・」
ちょっと伝わりにくいかな。
「女性と話す時とかは、特に反応がわかりやすいです。女性に好きな人の話をさせると笑顔になるでしょ」
「ああ、それはなんとなく分かりますね」
「宇宙人の話をされている時は、ご自身も笑顔だったんです。ただ」
「ただ・・・なんですか」
「宇宙人の話の後。相手が宇宙人を信じるか信じないかで、様子が変わったので。何かあったのかなと」
「そんな事もないと思うんですけどね・・・」
「例えば、人が自分と同じ意見じゃないと不安になるとか」
人の変化は痛みから生まれることが多い。
「もしくは同じ意見じゃなかったために、人から攻撃されることがあったとか」
おそらくは後者。
「まぁ、確かにケンカになる事はよくありましたね」
「いつ頃ですか?」
「小学校の時とかですね。でも、意見が違ったら、ケンカになるのは仕方なくないですか」
「もちろん。意見を戦わせるのは、お互いの考えを高める部分もあります」
「じゃあ、いいじゃないですか」
「はい。ただ、目的で変わっちゃうんですよね」
「目的?」
「相手をやっつけようと思って話すのか。それとも、お互いに意見を取り入れようと思って話すのか。それだけで、相手の対応は変わります」
「相手が変わるんですか?」
疑問に思ったのか、彼の声が少し大きくなる。
「はい。相手が変わります。ケンカ腰だと自分の言い方は雑になりますし、話し合いならまず友好的な態度を取るでしょう?」
彼は静かに頷いたのでした。
追伸
「人は鏡」という言葉があります。
無意識で人と接する時。
好きな人への態度と、嫌いな人への態度は全く違います。
好きな人に対しては顔を向けて話をしますし、視線も合わせたり声のトーンも変わります。
が、
嫌いな人への態度は、視線を合わせなかったり。関わりを避けるため、必要以上の返答も行いません。
第3者の目線で観察するとよく分かるのですが、
本人は気づいていないケースがほとんどです。
これらを踏まえた上で、嫌いな態度のまま人に接してしまうと、
相手はどう思うでしょうか?
「あの人、私の事嫌ってる」
そう思うかもしれません。
そして、嫌われていると思った相手は友好的な態度を取りづらくなります。
つまり、
嫌われるキッカケを作っているのは自分だったりするんです。
他にもさまざまなケースが存在しますが、
自分が嫌われている。そう思ったことがある人は、
自分を観察してみることをおすすめします。