戸籍を一緒に見ていて、
「これって、どう読むんですか?」
というような質問は、実はあまり聞かれません。
というのも、
多くの方は戸籍を見るのも初めてで、
そもそも、何を質問すればいいのかが分からない状態だからです。
だから出てくるのは、
「そうなんですね」
「そんな見方があるんですね」
という、
理解を示す言葉だけ、ということがほとんどです。
これは、決して関心が薄いからではありません。
戸籍というものに、どう向き合えばいいのか、
まだ足場ができていないだけなのだと思います。
戸籍は、「遡る」だけでは足りないことがある
先祖調査というと、
多くの方が「出生まで遡る」ことをイメージします。
もちろん、それは大切です。
けれど実際には、
先祖の「死亡まで追う」必要があるケースも少なくありません。
ここが、意外と漏れやすいところです。
市役所の窓口で、
「この方の死亡まで追いますか?」
と聞かれて、
どう答えたらいいか分からなくなってしまう。
以前、SNSでも、そんな質問をいただきました。
戸籍の取得は、
ただ古いものを集める作業ではなく、
「どこまでを確認したいのか」という
目的の確認作業でもあります。
戸籍は全部を見ない。つながりだけを見る
一緒に戸籍を見るとき、
私は、すべてを細かく説明しようとはしません。
それをやろうとすると、
時間がかかりすぎますし、
かえって全体像が見えなくなってしまいます。
中心に見るのは、いつも同じです。
・どの戸籍から来て
・どの戸籍へ移り
・なぜ、ここに名前があるのか
この「つながり」だけを、まず押さえる。
そのうえで、
目的の先祖や、気になっている人物だけ、
必要な部分を少し深く見ていきます。
戸籍は、
すべてを理解するための書類ではなく、
判断の軸をつくるための書類なのだと思っています。
すべての戸籍が、取れるわけではない
調査を進めていると、
どうしても行き当たるのが、
「保存期間切れ」の問題です。
すでに廃棄されていて、
どうやっても取れない戸籍が出てくることもあります。
そんなときは、
「廃棄証明書」を取るかどうかをお聞きします。
実際に、
・最後の本籍地が、地名変更で分かるケース
・廃棄証明書があることで、「ここまでしか取れなかった」と証明できるケース
もあります。
曖昧なまま終えるより、
「ここで区切りがついた」と分かるだけで、
調査は、きちんと一段落します。
立ち止まるのは、「字」のところかもしれません
戸籍を見ていて、
時間が止まる瞬間があります。
それは、
読めない字に出会ったとき。
あるいは、
代々同じ文字が使われている
通字(とおりじ・つうじ)に気づいたときです。
この一字には、
どんな想いが込められていたのだろう。
そんなことを考えていると、
戸籍は一気に、
「制度」ではなくなります。
もちろん、
異体字や、字の見にくさに戸惑うこともあります。
けれど、
慣れてくると、
「次はどこを見ればいいか」は、自然と分かってきます。
「普通」であることも、よくあります
正直に言えば、
調べた結果が「とてもドラマチック」になることばかりではありません。
思っていたルーツの地ではなく、
縁もゆかりも感じられない土地で、
少し拍子抜けしてしまうこともあります。
いわゆる「普通」で、
とりたてて何も出てこない。
そういうケースのほうが、
多いかもしれません。
ただ、
養子縁組をしていたことを初めて知る
という場面には、意外とよく出会います。
そしてその事実を、
ご本人がまったく知らなかった、
ということも、珍しくありません。
そのときに生まれるのは、
驚きよりも、
少し感慨深い静けさのようなものです。
この人たちがいたからこそ、
今の自分がいる。
そんな感覚が、
ゆっくりと立ち上がってくるように感じます。
私にとって、「一緒に戸籍を見る」ということ
私にとって、
戸籍を一緒に見る時間は、
その先祖に想いを馳せる、ルーツの旅です。
戸籍は、
先祖を遡るためだけのものではありません。
最後の本籍地を知る。
そこは、
実際に先祖が暮らした場所です。
その土地を知れば、
暮らしの様子や、文化にも、想像が広がります。
このプロセスそのものに、
意味がある。
そして同時に、
「この先も、もう少し知ってみたい」
と思える時間でもあります。
戸籍が難しいのではなく、
ひとりで判断しようとすることが、難しい。
そう感じたとき、
答え合わせの場があるだけで、
次の一歩は、ずっと軽くなります。
▶︎ 戸籍を一緒に読み解く体験はこちら