第2回 父を見送って、自分の「最期」を考えた
日本尊厳死協会への入会
2026年10月1日。
今日、私は「日本尊厳死協会」の会員になりました。
なぜ、今だったのか?
その一番大きなきっかけは、やはり9月15日に父を突然亡くしたことです。
前日まで、父は特別養護老人ホームでいつも通り過ごしていました。
私自身も、「このまま、あと3年、5年くらいは特養で生活しているのだろう」と思っていました。
しかし2026年9月15日の午前3時頃、父は自室で倒れました。
午前5時頃、病院へ緊急搬送。
そして午前6時44分、虚血性心疾患で亡くなりました。
あまりにも突然の別れでした。
あの日から、私は父の死後の手続きを進める一方で、あることを以前より強く考えるようになりました。
「では、自分自身の最期はどうしたいのだろう」ということです。
「いつか考えよう」では間に合わないこともある
人は誰でも、自分がいつか亡くなることを知っています。
しかし普段の生活の中で、「自分がいつ、どのように人生の最期を迎えるのか?」を現実のこととして考える機会は、それほど多くありません。
私もそうでした。
終活に関わる仕事をしてきましたし、介護準備の大切さも多くの方にお伝えしてきました。
父母の介護も経験してきました。
それでも、心のどこかでは、「まだ先のこと」だったのかもしれません。
父の突然死は、その感覚を大きく変えました。
前日まで元気だった人が、翌朝には亡くなっている。
その現実を目の前にすると、「元気なうちに考える」ことの意味が、それまでとは全く違って見えてきます。
「もう少し年齢を重ねてから」
「病気になってから」
「必要になったら家族と話そう」
では、間に合わないこともある。
だからこそ、今のうちに考えておこう。
そう思うようになりました。
日本尊厳死協会とは
今回私が入会した公益財団法人 日本尊厳死協会は、1976年に設立され、人生の最終段階における医療・ケアについて、自分自身の意思を事前に表しておく「リビング・ウイル」の普及や登録管理などに取り組んでいる団体です。
リビング・ウイルとは、人生の最終段階で自分自身が意思を伝えられなくなった場合に備えて、「どのような医療やケアを望むのか?」という自分の意思を、元気なうちに示しておくものです。
協会のリビング・ウイルでは、単に延命措置について考えるだけではなく、苦痛を和らげるための緩和ケアや、本人の意思を家族・医療者などと共有していくことも重視されています。
なお、「尊厳死」という言葉から「安楽死」を連想する方もいるかもしれません。
しかし両者は同じものではありません。
日本尊厳死協会も、積極的な医療行為によって死を早める「安楽死」は支持していないことを明確にしています。
私自身にとって大切なのも、「早く死にたい」ということではありません。
むしろ逆です。
自分らしく、最後まで生きたい。
そのために、自分の意思を元気なうちから考えておきたい。
今回の入会は、そのための一つの行動です。
私が考え始めた「自分自身の最期」
父の死を経験してから、自分自身についても考えるようになりました。
もし、ある日突然倒れたら。
もし、自分の意思を言葉で伝えることができなくなったら。
もし、回復が難しい状態になったら。
その時、家族はどう判断するのだろう。
そして、「本人だったら、どうしてほしかったのだろう」と悩ませることになるのではないか?
私は、それをできるだけ避けたいと思っています。
今の私がまず大切にしたいのは、具体的な医療行為について一度決めたら終わりにすることではありません。
自分が何を大切にして生きたいのかを考え、それを言葉にし、家族と共有しておくこと。
そして、考え方が変われば、その都度また話し合えばよい。
終活というのは、本来そういうものなのではないでしょうか?
「最期」を考えることは、「これから」を考えることだった
日本尊厳死協会に入会しようと考える中で、意外だったことがあります。
それは、「死について考えているつもりが、いつの間にか生き方について考えていた」ということです。
自分は、あと何年生きるのだろう。
何歳まで働きたいのだろう。
これから誰と関わりたいのだろう。
どんな仕事をしていたいのだろう。
何を学びたいのだろう。
家族に何を残したいのだろう。
社会に対して、自分にはまだ何ができるのだろう。
父が亡くなる前までにも、もちろん考えていたことです。
しかし、父の突然の死によって、その問いには以前とは違う重みが加わりました。
「いつかやろう」ではなく、「できるうちにやろう」と思うようになったのです。
私にとっての終活は、「人生を小さくすること」ではない
終活という言葉には、ときに
「人生を整理する」
「身の回りを縮小する」
「死に備える」
といったイメージがあります。
もちろん、それも大切な終活の一部だと思います。
でも、今の私は少し違う捉え方をしています。
終活とは、残りの人生をどう生きるかを考えること。
自分が何を大切にするのか?
どんな働き方をするのか?
誰と時間を過ごすのか?
何を次の世代に伝えるのか?
そして人生の最後に、「自分らしく生きた」と思えるためには、これからどう生きればよいのか?
そこまで含めて終活なのではないかと思っています。
日本尊厳死協会への入会は、その答えではありません。
あくまで、私自身がこれからを考えるために起こした「小さな一歩」です。
父からもらった、もう一つの宿題
父は、突然逝ってしまいました。
本人がどこまで自分の最期について考えていたのか?
もっと聞いておけばよかったこともあります。
もっと話しておけばよかったこともあります。
その経験があるからこそ、私は自分自身については、「家族がその時になって初めて考える」状態には、できるだけしたくありません。
自分で考えられるうちに考える。
伝えられるうちに伝える。
そして、「自分が望む最期を考えると同時に、それまでの時間をどう生きるかを考える。」
これも、父が最後に私に残してくれた宿題なのかもしれません。
2026年10月1日。
日本尊厳死協会への入会。
父を見送ってから始めた、自分自身の終活の一つです。
これから私は、終活を「人生の終わりの準備」としてだけではなく、「これからの人生を、より自分らしく生きるための準備」として考え、実践していきたいと思っています。
次回は、父の葬儀を終えてから実際に始まった、未支給年金・遺族年金・埋葬費などの手続きについて書いてみたいと思います。