円形脱毛になった

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コラム
やりたい仕事があったが、諦めた。
最初に選んだ仕事はニット製造業に決めた、
話すことが少ないだろうと思ったからです。
新人の頃は確かにそこまで話すこともなく、そつなくこなしていた。
そしてその後工場の一つの区域のライン長になった。

そこから、また苦悩が始まった。
ライン長になったからには、報連相が必要でした、しかしその度に声が出ないから報告も出来ないこともあった。
最悪はミスも報告をせず黙っている事が多々あった。
後に発覚して何故隠してた?と問い詰められるが、返答しようにも
ここで声が出ない、もう最悪な状況でした。
しまいにはミスしたものを隠すようになってしまった。
結局は原料が足りずで隠してることも見つかる。
毎回怒られるの繰り返しだった。

次行動とったのは、商品とならない布地を、また糸の状態にほどき直すという
作業にでた。
この作業をする部署もあったが、他のラインのほどきの対応している為に、
自分のラインの布地は自分でほどくしかなかった。
当然報告もしてないから自分でやるのは当たり前だった。
その作業は日勤が終わってから深夜までやる事になった。
通勤に1時間かかっていた、
あさ5時半に起きて6時半に家を出て、7時半に会社に到着で直ぐ仕事に入り、終るのは深夜12時過ぎまでやっていた。
それが続き、とうとう円形に髪の毛が抜け始めた。
2年10か月で退職を決めた。

もし自分がちゃんと自分が話したいことを話せていたら
状況は違っていたんだろなって思うことも多々あった。
それでも楽しいこともあった、同期や先輩たちと毎週末飲みに行っていたことは楽しい想いでの一つでした。
比較的仲間との会話では、出にくい言葉などに関しては、他に言いやすい言葉に置き換えて話したり、倒置法で話たりとなんとか会話をしていた。
酒が入るにつれ吃音が出なくこともあった、
だからとにかく飲んでしまった。
小さいころの様に話すことが好きな自分が出ていたんだと思う。
毎回飲み潰れていた。

辞めて次の職見つかるまでまた飲食店でバイトする事にした。
自分に出来るのは飲食しかないのかなと思っていた。













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