手はお膝で中学からKOで日本の商社へ行けという親父に疑問を感じ
叔母に相談
叔母はソフトウエアをやれという
昔はビル一棟、今はワンフロアそれが膝に乗り掌でやがてサングラスと
融合するという
同じ年1967年生まれの親せきはKOから商事へ51歳退職
その後音信不通。
手はお膝でお受験は、人工知能の前ではコスパ的に押されて
とってかわられて大学出ても就職できない人が増加すると。
そんなのが1975年ごろにはわかっていたので、中学受験は大喜利状態で
なめてかかる。
高校には在籍していたが、バイト先でCP/M80上PASCALを組む
18歳くらいになってCPM/86になってPASCALとfortran
19歳くらいで商用UNIXに触りC 言語とpascalで開発する。
放送大学の座学に通って、ついつい代入を(:=)記号を使ってしまい
比較を(==)で書くような凡ミスをする
20歳の時、バイト先の社長が大手SI会社に中途採用枠で入れてくれる
あの頃は即戦力の手が足りなかった。
22歳くらいで大手SI会社を辞めて祖父の会社へ
1993年SPARCSERVERとINFORMIXに出会う
寝ないで開発する
メールできた注文を自動でSQLに流し込む術を作る
50人くらいいた45歳以上のおじさんたちが一夜のうちに辞表を投げつけて
やめていき、女子社員2名でできるチームを作る。
女子社員2名がそれぞれ香港と台湾の富豪の嫁に行く
会社が自動販売機のようになって自分では働かないのに生産性しかない会社
1997年ついに念願の建設石材からの撤退で、不動産証券化と
債権の証券化のためにフィデリティの社長のカバン持ちになり
金融会社を志す。いろいろ体得する。
2002年宅建資格登録、行書合格、証券外務員、FP合格
2006年米国発恐慌が来ると予測して不動産担保金融会社へ
2008年9月ー計画通りリーマンショックが来る
2010年9月末不動産金融会社退社
2011年3月10日暦をめくれば夕方6時に利根川河口で
震度8クラスの地震が来ることを予言して昼に早退
来なかったので翌日も休む
で、地震が来る
2015年から占い教室を開始しながら未来予測を研究する
2019年年末に香港から治らないウイルス性の排煙が来ることを予言する
2022年ロシア、中国が領土拡大政策をとることを予測。
正しい波とは言えないが未来予測ができたおかげで事前準備して
リスクの発生を待っていることができる