きごころアドバイザーひすいです。
「いい母親でなければならない」
息子が生まれてから、ずっとそう思っていました。
育休中だから、家事も子育ても完璧にしなきゃ。
仕事をして帰ってくる夫に、申し訳ない。
夫が帰ってくる前には、部屋を綺麗にしておかなきゃ。
「帰るよ」と連絡が来るたびに、
慌てておもちゃを片付けていました。
お昼ご飯は納豆ご飯で済ませても、
夫のご飯は数品作らなきゃと、疲れていても台所に立っていました。
■ でも、誰も求めていなかった
ある時、気づいたんです。
部屋が散らかっていても、
夫に怒られたことは一度もありませんでした。
むしろ「大変だったね」と言いながら、
片付けてくれる人でした。
ご飯も同じです。
手抜きだと責められたことは、ありません。
夫が求めていたわけではなかった。
でも、助けてもらっても、素直に受け取れませんでした。
「申し訳ない」という気持ちが邪魔をして、
「ありがとう」より先に「ごめんね」が出てきていました。
誰にもダメと言われていないのに、
一番自分に厳しかったのは、自分自身でした。
■ 固定観念が、見えなくさせていたもの
「母親とはこうあるべき」
「妻とはこうでなければならない」
その思い込みが、現実を見えなくさせていました。
目の前にいる夫は、責めていない。
でも、頭の中の「あるべき母親像」が、ずっと責め続けていた。
九星気学では、気は流れることで良くなると考えます。
固定した考え方は、気の流れを止めます。
「こうでなければならない」という思い込みが強ければ強いほど、
エネルギーが滞り、心が重くなっていく。
あの頃の私がまさにそうでした。
完璧にしようとすればするほど、疲れていく。
疲れているのに、休めない。
休むことへの罪悪感がある。
その悪循環の中にいました。
■ 自分に、許可を出す練習
変わり始めたのは、
「自分だけがそこにこだわっている」と気づいた時でした。
誰かに言われたわけではありません。
ただ、ある時ふと、気づいたんです。
責めているのは、自分だけだと。
自分が責めることさえしなければ、誰にも責められていない。
その事実に気づいてから、
少しずつ「自分に許可を出す練習」を始めました。
今日のお昼は納豆ご飯でいい。
おもちゃが散らかっていても、息子が楽しく遊んでいたんだからいい。
疲れていたら、疲れたと言っていい。
最初は、小さなことからでした。
でも、その小さな許可の積み重ねが、
少しずつ心を軽くしていきました。
■ 「こうあるべき」を、手放す
幸せは考え方次第、という言葉があります。
でも、それは「ポジティブに考えましょう」
という話ではないと思っています。
自分を縛っている固定観念に気づいて、
それを少しずつ手放していくこと。
「いい母親でなければ」
「完璧にしなければ」
「弱音を吐いてはいけない」
その「なければ」を、一つずつ手放していく。
手放した分だけ、心に余白ができます。
余白ができた分だけ、新しいものが入ってきます。
今月、神社への参拝をお伝えしました。
夏至の断捨離もお伝えしました。
でも、本当に手放すべきものは、物だけではありません。
自分を縛っている思い込みこそ、手放す価値があるものかもしれません。
■ 最後に
誰にもダメと言われていないのに、
一番自分に厳しくしていませんか?
助けてもらっているのに、素直に受け取れていますか?
「こうでなければ」という言葉が頭に浮かんだ時、
一度立ち止まってみてください。
それは、本当に誰かに求められていることですか?
それとも、自分が自分に課しているルールですか?
自分への許可を、少しずつ出していきましょう。
一緒に、少しずつ整えていきましょう。
それでは、また。
大丈夫、自分に許可を出せれば、きっとうまくいきます。