夏も終わり

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占い
暑い暑い夏の日もようやくピークを超えてきて、今日は激しい雷雨となりました。夏休みももう直ぐ終わりです。

 そして、最近、なんとなく感じているのは、これまでとは全然ちがうタイムラインに入ったなぁということです。
 これまでの成功法則が通用しなくなるフェーズにいよいよ突入したのです。

 同じように、言語化できないレベルで、それを感じ始めている人たちは、今、たくさんいるんじゃないかと思います。
意味のわからない焦りのような、でもだからといってなにをしたらいいのかわからない、と言ったような焦燥感。
 現実の現象の中でも、これまでの感覚では同じように続けられなくなったことがたくさんおきてきたりしているのではないでしょうか。
 これまでは大事だったことが、自分の中で疑念に変わったり。
 個人の内面は、カオスです。

はい。いま、そうやってどんどん、世の中、最適化が起こっているんです。

 だから過去の時代と同じ形で続ける、ということが、実際に非常に難しくなっています。モチベートすることが難しいからです。
 そして、なにかヒントを!と、誰かの成功法則を模倣している時間はなく、自分の内側の直感に従ってこれだ!と思うものや外側に合わせて次々と自分も変化しなければ、そのとき最適なタイムラインを逃してしまう。
 スピーディに気が移り変わっている。
 そんなささいな、そして、ちょっとした気の変化をつかみ取れる人が、あとからふりかえって、「ああ、あの時はよくわからなかったけどあの選択が命拾いだった」ということになるのだと思います。

現在、手掛けている個人のビジネス・コンサルティングの案件も佳境に入り、私のクライエントさんは、のるかそるか、という二極化の選択を迫られるような事態になっていて、本気で人生が変わる扉を開けようとしています。
わたしはどっちでもいいですよ、って言っています。
選ぶのは自分です。

依頼した時は、「Jemmyさんがおっしゃっていることは、自分の可能性としてわかります。そうなったら、最高だな、って思います。でもそれが現実になるという実感がどうしてもわいてきていません...」とおっしゃってました。

でも、実際に物事が想像を超えて動き出し、意識の壁に打ち当たれば、再選択し、時に呪術的な手法も使ってきました。

ただし、実学算命学は占いではないので、未来を当てません。
未来は自分が選び取っていくもの。決まっていません。
しかし、どちらに行けば、自分の満足があるのか、ははっきりしています。
気をうごかしていくことに人生の転換の鍵がありますので、自分の人生計画の無限の可能性の中で、今、手が届きうる選択を提示していきます。

それが、スタートした時点ではとても方法論も想像もつかない夢であっても、それでも動き出すことに意味があるのです。
動き出すことは、自分の意志を動かした証拠です。
自分の意思を動かすということは、それ、すなわち気を動かしているということです。気が動き出せば、現実が動きだします。
この関係性を、動きながらクライエントさんは認識していきました。

そして、まったく仕事が入ってこなかったクライエントさんのもとには、急に大きな話が舞い込むようになりました。計画が達成されることそのものよりも、アンビシャスに向かってクライエントさんが実際に動き出したことによって、もともと持っている宿命のポテンシャルが発揮され、自分のもつ格が発揮され、クライエントさんの業種のなかでもかなり仕事の大きな案件を呼び寄せていったのです。

よく深い人は現実の成果しか見ません。
「やってみたけど、ダメだった。」
多くの人は、自分の思い通りに進まなかった時、そう考えるでしょう。


でも気の学問は違う判断をします。


現実がどうであれ、気は動いたのです。
その気の動かし方がどうだったのか、ということのほうが、最重要なのです。
正しく、その気を自分が使いこなしたのか。
しかしそれをジャッジするのは私ではありません。
その気のクオリティや座標を把握するアンテナは、自分の意識のなかにあります。だから自分しかわかりません。だからこそ内観が大事です。

今、私は何を感じている?
私は、あの時、実際には何がよぎった?
私の体はなぜ、あの時このように反応したの?

全て自分自身を自分がモニターするところに、次の扉を開けるきっかけがあります。
成功したいと言いながら、その成功が入ってこないようにしている、自分の矛盾した意識がどこからきているのか。
そこに気がついていきます。
世の中はあなたに与えようとしているけれど、あなた自身が拒んでいたということに気がついていくんです。
しかし、クライエントさんに自分の内面を見つめる力がなければ、その矛盾を突き抜けていくことはできません。

これが、仏教・密教世界が、修行として続けてきたことなんです。
仏教は何かを拝む宗教ではなく、どちらかというと哲学に近いので、仏道といいなさい、とメンターには言われますが、日本独自の精神性は、仏教と神道とユーラシア大陸からの呪術などが組み合わさって出来上がっていきました。
仏道とは、自分の意識をいかに自分のものにするか。
そして、自分の仏性という、高次の自分といかに繋がれるか。
そんなことを追求していった「道」なのです。

だから本当の実学スピリチュアルは、日本古来の精神世界にあります。
なんとかの天使にお願いして、とか、神社で神様おねがい!の偶像により頼むような世界ではありません。


そうした観点から、どのように自己実現をしていくのか。
自分を高次の意識レベルに開発していくのか。

すべては、「道」なんです。
ジャーニーなんです。

クライエントさんに、先日お話ししました。
「日本人は多次元世界と意識が繋がっていたから、この世の物質だけを見てはいなかったんです。この物質社会に良きもの、最高の調和をもたらすものは、自分の心のあり方であると考えていて、自分を磨くために、仕事があったんですよ。そして、それらを明治ぐらいになって表すものがなかったので「道」というようになった。」

「道って色々あるけど、茶道も武道も書道も、自分自身の意識を探究してく対象としてそれがあったんです。だからね、道のつくものをならっているひとたちにとって、それは単にすごいものを作り上げようとすることそのものだけでなく、向かい合っているものとの時間は、ジャーニーなんですよ。」

資本主義社会は、お金を誰よりも一番稼いだものがえらい社会です。そこに貢献などはありません。感情も物質も人間関係もすべてを合理的に計算し、自分に利益がくるようにシステム化したものが成功し、誰かが誰かを利用し、できるだけ良いひとを演出し、自分だけが美味しい思いをするという仕組みです。究極のものはネットワークビジネスだと私は思います。
「すべての友達が金になるんだよ!最高じゃない!」と叫んだ在日のおばちゃんのセリフを思い出します。

でも、日本が江戸時代に築き上げてきた社会は、それとはまったく真逆でした。それは、古来の日本人には、死んだ後どうなるのか、生きている人生(このよ)と死んでいる人生(あの世)の両方を見据えた価値観があったからです。

江戸時代の日本人にとっては、「心」がなによりも大事だったんです。
かつて、江戸しぐさで最も嫌われたのは、「忙しそうですね」と言われることだったと言います。忙しいとは、こころをなくす、と書きます。
心をなくす人間が一番軽蔑されたから、忙しそうだと言われたら顔を真っ赤にして怒ったのが江戸っ子だったのです。

これからは、日本は江戸に戻りますよ。

死んだら物質はなんの意味も持たない。
資本主義社会が大事にしてきたものは死んだら持っていけない。
どんな偉いひと、人気を集めた人でも、死んだ後はただの記憶として残る。
それだけ。

だから、生を最大限味わい尽くす。
そんな生き方を江戸時代はしてきたんです。
死んだものにとって、この世は、すべてが強調して感じられる感覚世界です。
悲しい、も徹底的にどん底におちた感情になります。
嬉しい、も、空に駆け上ったような究極の嬉しさを感じられます。

でも死んだら、肉体から離れたら、それらは淡白なんです。
物事はただの事実として感じられ、肉体からくるさまざまな刺激がない分、感情移入して、深く味わえなくなります。
だから、江戸の人たちは、生きている間、徹底的に朗らかに楽しく、高い波動のエネルギーを味わうことに価値があると考えたんです。
毎日たのしそうに暮らしていたと外国人が書き残しています。

これからの日本は、誰かにすごいね、っていわれるために生きるよりも、自分自身の心が打ち震える感動をしたいと考えて動く社会になる。
基軸が外側から、自分の内側に変わるんです。

そんな社会になった時、本当に好きなことをやっていなかったら、仕事はあなたにとって「道」にはなりません。
人生のジャーニーを作り上げてくれる領域にはなりえません。

クライエントさんはその辺がよくわかっておられる方ですので、
「怖い。不安。いっぱいある。でもその先を進んでみたいです。」と決断されて、案件に臨みました。

私自身は黒子ですから、全てはクライエントさんがどう決断するかによって、つぎのアクションを決めていきます。
うまくいくかいかないかはわからないけれど、それそのものが楽しい挑戦ならば、やったことがそのまま報酬になります。
しかし、嫌な思いで耐えてやったことは、なんであれ自分の人生の損失でしかありません。

自分がもてる人脈とあらゆる経験知識を総動員して、できることを企画していき、実際に動いていきます。

先日、お仕事をお手伝いした漫画家さんにも言われました。
「Jemmyちゃんってさぁ、本当に車騎星持ってないの?!」
「どうみても、車騎星なんだけど.....」

祖先の恩恵の星が、車騎星なので、あると言えばあるかもしれません。
ということは、見えない世界の仕事への手助けがたくさん入っているということでもあると思います。


シノゴの言わずに、目的のために今できることをさっさとやる。

これは、なんか自分のなかにありますね。
車騎星じゃないけどね。


でもいまの目的は、クライエントさんの依頼前にいた次元より、遥かに高い次元レベルの仕事環境に移行させることです。
どこまでいくかは、クライエントさん次第ですけども、それ自体がジャーニーなのです。仏教世界の中にある価値基軸と気の学問を使い、ナビゲーションをしていくだけでなく、現実的なサポートも含むので、多分、普通のコンサルティングとはだいぶ違うでしょうね。

長くなりましたが、来月は教育機関で講演会もあるし、手術も控えていますんで、まぁ色々ありますが、風邪ひかないように頑張ります。
皆さんもお身体気をつけて。
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