めっちゃめちゃ蒸し暑い、梅雨の京都です。
京都のブルーボトルで、久しぶりに専門的でない記事を書いています。
ここ、京都のひとたちって、この湿度に生まれながらにして慣れているせいか、風さえ通れば、とりあえず涼しいって感じるようで、うちに来ると
「Jemmyさん、除湿冷房もったいないから、窓開ければ〜」
っておっしゃって、うちに来られた時に窓あけていかれるんですよね。
しっかし、湿度を含んだ生ぬるい風が吹き抜けても、まとわりつく空気はやっぱり気持ち悪いんですよ....
うはぁ、やっぱりだめだ!と、お客様がご帰宅されると、速攻、冷房つけます。うーん、ドライな冷風が自分は好き。
京都の人って、他県の人からすると着物や舞妓さんのイメージが手伝って、しっかりメイクするイメージがあるけど、実際の京都市中の人は、わりと年をとってもナチュラルメイクな方が多い。それも結局、汗で全部落ちるので意味がなくなるから、しないのだそうです。w
それくらい、京都の湿度、暑さはハンパないってことだよ....。
そして私はといえば、相変わらず、外に出るたびに、体にまとわりつく湿度に毎日イライラしています。拘束されるのはもとより、たかが湿度とはいえ、自然な自分の動きをとめられること、まとわりつかれることは、なによりも嫌いで、リゾート地であっても、実は亜熱帯、苦手なんですよ。料理は好きだけど、沖縄とかも行きたいと思わない。
雪は見てるのは好き。雨も、まぁたまに、ならいいんだけど、梅雨+蒸し暑さはもう〜〜〜〜〜〜最高に苦手。
しかしこれらも結局のところ、すべて自分の遊牧民の過去生のせいなんだろうと思います。
モンゴル地方、超乾燥地帯ですからね.....。
雨は貴重だけど、向こうにこんな湿度は絶対ないはず。
そして、モンゴル遊牧民と会ったことはないけど、人間もわりと気ままでカラッとしてるとおもう。(自分の記憶の中では)
そして、いよいよ、今月中旬から実際のモンゴルへ飛ぶんですよね〜。
距離でいうと、直行便で3時間くらい。
割と近いモンゴルです。
しかし、3時間とはいえ、拓けてるわけではなく、今回は草原をひたすら馬で駆ける旅なので文明の手助けはなさそうです。
もちろん草原に店はないです。
遊牧民のサポートが頼りで、言葉もほとんど通じない可能性が高い。
テントで移動し、トイレは外!w
一歩間違えばサバイバル??!
ちょっと怖いなぁ〜〜〜〜〜
「だいじょうぶですよ〜女性も参加してますから〜」
と現地ツアー会社はいうものの、そいつらもみんな前世が遊牧民で、華奢な普通の日本人女性を想定していたら、まったく当てはまらないかもしれないじゃないか。
どうなるんやろ〜(^^;)
とりあえず、いきて帰ってこなくてはならない。w
危険といえば、モンゴルは乗馬する時にヘルメットなどはつけないことが多いそうなんで、落馬への備えが不十分であることが予測される。
実はその不安の根っこには、Jemmyのアメリカ人のいとこが昔、ロディオにはまってて、落馬したという事件があり、彼は頚椎をやられて、体が不自由になって、命はつないだものの、未来の可能性が断たれた。
つくづく、心配性と向こう見ずが同居する家系なのだと思う。
だから、ツアーでヘルメット用意してくれるとはいうけども、やはり安全基準的にも衛生的にも不安なので、日本でマイ乗馬用のヘルメットを買いましたね。そして、乗馬靴と手袋もね。
6日間の遠乗りに、テント暮らしっていうのは、若い時だったらワクワクだけだったかもしれないけど、人生のいろいろを知ってしまうと、未知のモンゴル旅は、決して不安がないわけじゃない。
地面が変わると眠れない神経質さ、そして自分の虚弱体質っぷりが心配だけど、もうジタバタ騒いでも仕方ない。過去生の自分を信じよう!
だって、今のタイミングでいかなければ、もう2度といけない気がする。
実際、夏至を皮切りにして世界ではさまざまなことが起こっている。
フランスでは暴動が始まり、まるで内戦状態だという。他の国にも飛び火してるらしい。
そして、世界中の銀行が少しづつ倒産を始めたという情報がでたり、バイデン大統領が心臓発作でなくなったとか(未確認情報)、ウクライナの借金を日本が肩代わりすることになったという情報も流れていたり、それらいろんなことが事実として波及していくと、いろんな形で世界中が破産状態・大混乱状態になるんじゃないか?という印象。
あらゆる預言者の警告する2025年の正念場にむけて、スタートが切られたからには、あながちガセネタとは言えないんじゃないかって。
わかりやすいところでは、ワクチンの害はすでに世界では公式に認められていて、外国ではワクチンを打った女性から次々と奇形の胎児が生まれてきているという報告会見もあるし、世界ではワクチン接種はやめになったというのに、相変わらず京都市の電車やバスには、ワクチン推進のポスターがあちこちに貼ってあるのもどういうこと?って思うし。
ワクチンによる超過死亡も言われてるけど、実際、京都市内で、救急車の出動回数はめちゃめちゃある気がする。
そして最近のFoxニュースでは、再び新種の(致死率・感染率が非常に高い)武漢のウィルスが開発されたというレポートがあったりもして、この秋から本物の大量死につながるようなパンデミックが起こる可能性もあるとか。
FOXでは、そもそもコロナは、中国の生物兵器テロという見方が強い。だから、ワクチン接種で弱った体を狙い撃ちすることになるんじゃないかと、レポーターが言ってた。(アメリカ人で一回もワクチンを打ってない人は、全人口の0.25%なんだそう。)
そして、多くの免疫の専門家は、「ワクチンの害が本当に現れるのは、二〜三年後だから、今年からだよ!」って言ってたね。元気だった人がいきなり突然死する世界がくると、並木氏も言ってたことがある。
そしてワクチンが原因の体調不良でも、なんの生活保障ももらえない。
そんななか、もっと税金を上げる動きは高まってて、サラリーマンの控除をもっと減らそうっていってるらしいし。インボイスで自営業・フリーランスの廃業続出?103万の壁、廃止?!配偶者の年金の支払い廃止?なんでそんなに、マイナンバーをとらせたいの??
いろんな話が飛び交ってる。
ひゃ〜!リスク山積!!
もし、そういったことがそのまんま現実化するならば、混乱はどんどん拡大していき、日本人は戦わずして突然戦争の焼け跡を目にするのかもしれない。
何より再び世界中で混乱が起こって、渡航制限されれば、海外旅行は再びできなくなる。
だから海外へ行くならば、今が最後のチャンスなのかもしれない。
先行き不透明。カオスの始まり。
そんななかで人類は、たけし城のお堀?の飛び石を飛ぶがごとく、リズムよく向こう岸にたどり着けるのか?!
神のみぞ知る。
しかし、先日受診したホメオパスがこんなことを言ってた。
悲惨なこと、不都合な真実が現れる動きとともに、今、ものすごく多くの人たちが目覚め始めてる。ホメオパスのクライエントも大変革を起こしている人たちが増えていて、その周辺環境でも真実に気がつき、つぎつぎと自分なりの活動を始めてる人たちが増加してるんだそう。
日本人は、本気で人の幸せを自分の幸せに変えることができる素質を持ってる。たとえ世界にお人好しと笑われても、日本人って、結局なんだかんだで、周りが苦しみながら自分一人だけ幸せではいられないひとたちだと思う...
そう、ホメオパスは言っていた。
というのも、そんな話になったきっかけはうちの生日中殺の娘なんだよね。
娘は今、インターナショナル・スクールに通ってるんだけど、ストレス症状をかかえているのか、ちょっと脱毛が始まっている。
これは過去から数えて2度目。
1度目の時は、髪の毛の大半が抜けてしまった。ピカチュウが自分の問題点に目を向けて価値観を変える最初の決断をしたきっかけにもなった。
いまはまだほんの少しの円形脱毛ですんでいるけれど、赤ちゃんだったあの時と違って、今そんなことになったら、娘の心の負担も重くなる。
だから、必死で対処している。
娘はとても楽しそうなんだけど、実際は見た目以上にストレスがかかってる可能性もあるんじゃないか、と、親としては一体なにが原因になっているのかを調べ、色々とケアのために動き回ってる。
そして、ここ一、二ヶ月、医療的な検査を受けたり、発達の専門家と話をしたりもしてる。
ホメオパスの検査では、新規の環境へのストレス反応と栄養不足と腸の弱さが発見されていて、脳へのエネルギー調整がいるとのこと。
そして医学的な脳の検査では、娘は言葉を主に世界のてがかりにしているタイプの子供だということがわかり、だとすると今の日本語と英語と二か国語の世界は負担になってるのかもしれない、という心配もよぎる。
そして、その当人である、娘自身に話を聞いてみた。
でも、予想に反して、娘は学校は楽しいからやめたくないという。
他になにか辛いことがあるのかと聞くと、クラスの、ある男の子が負担だと話し始めた。
その子は非常に元気で、今時のアニメや映画にもさらされていて、時折周りの子供たちに暴力的な言葉を使うことがある。
ぶっ殺す、とか、キモっ!とか、まぁ漫画のキャラクターがいいそうなこと色々と。その少年からすると、訳も分からず言葉を引用して表現しているだけなのだろうけど、テレビはもちろんG指定アニメしか見せてない娘からすると驚きの暴言の連続で、その言葉で女の子たちが傷ついている姿をみると、涙が止まらなくなってしまうのだそう。
どうして、あなたは人を傷つけることを喜べるの?
って、自分が言われたことじゃなくても、目の前のお友達の気持ちを思うと、その子に対して怒りが湧いてきて、葛藤してしまう。
でもどうしていいか分からないんだという。
そして、そういった一部の男の子が暴れまわることで、授業がときどき続けられなくなって、先生が急に授業をやめてしまうことも辛い。
とくに大好きな音楽、もっともっとやりたい。
けど、音楽に興味のない乱暴な男の子たちが、関係ない大騒ぎやおふざけをすることで先生がイライラしたり、教室が緊迫感につつまれたりする状況のなかでは、自分はどうすることもできず、無力感を感じて辛い。
授業を続けさせて、お友達がみんな幸せな気持ちになるために、私には何ができるだろうかと毎日毎日、葛藤してしまって、苦しい。
...と娘はいう。
そんな話から、周りの空気や気持ちに人一倍敏感なところが、背負いやすさに繋がっていることもわかり、インターの学校の先生とも、幾度かそのことでお話をした。
そして、私は、ネイティブの先生に、娘が調和した雰囲気のなかでいきたいために周りに気遣いしてしまうことを伝えたんだけど、アメリカ人の先生には、「ここは、調和を学ばせる場所じゃないから。」とあっさり言われてしまった。
大事なのは、個人の感情であって、その個人が何を考えて行動するか、だ。
英語圏の考える調和の世界はまずは個人発に原点がある。だから誰か権威者が静かにさせようと上から威圧したり、生徒がお互いに周りに気遣いして調和を取ることはめざさせてないし、それはここの教育ではないという回答なんだよね。
まぁ、それはわかる。
で、私も、禄存星が強く出すぎちゃってるのかなぁと思いながら、娘に、「あなたは何を望んでいるの?あなたの気持ちが大事。」と声を掛ける。
そして車騎星らしく、押し強めに、「他の子が騒いでても、どうでもいい。アホは気にするな。自分が望んでることを優先すればいいんだ!」ってピカチュウに言われた娘は、
「私の望みは、みんなの気持ちが心地よく、幸せであること!
だれも悲しくて泣く人がいない世界。
それが私の望みだし、それが私のこころを幸せにすることなんだよ!!!
なんで、パパは、わかってくれないの!」
って涙をポロポロこぼしてそう言った。
ネイティブの先生たちにもそれを伝えたけど、やっぱり日本人独特の異質な考え方として、結局その思いを理解してもらうことはできなかった。
自分という個人の思いが大事だからこそ、自分の思いを通す過程で、周囲との調和を試みる、そんな世界で生きる英語ネイティブの先生たちには、日本人が生まれながらにそもそも個人の欲得を超えて、周りの人間の心と自分の心を共振させていきているんだという、協働感覚的な超感覚の世界観がどうしてもわからないし、伝わらない。
娘はめっちゃ日本人。
他人と自分の境界がなく、幸せを同心円状に広げていきたいと考える人。
それって、異質で先進的でない考えなのだろうか?
ネイティブの意見を聞きながら、やっぱり違和感を感じてしまう。
だって歴史的に考えてみると、
その心が、日本人を海外に貢献させたんだよね。
その心が途上国へ、資金と技術をほぼ無償で提供したり、インフラ整えたし、世界の発展のために貢献させたし、その心が過去、他国の独立を命をはって手伝おうとした兵士たちを生んだと思うんだよね。
自分と他人の境界をつくらず、相手を思う情の深さと判断力が高かったからこそ、日本人ってすごいな、って世界に思われたんじゃないだろうか。
合理的でドライな外国人と、大岡裁きの日本人は根本的なところで、全く性質が違うから単なる違い、なのだと思うけど、改めて考えると、たぶん、娘のいう感覚は、多くの日本人が自分の経験の延長線上に理解できる感覚なのではないだろうか。
そしてそれは、日本人だけが共有している感覚でもある。
だから、受診した娘の心を聞き取っていた日本人のホメオパスは、思わず涙した。それは自分の中にも同じものがあると、ハッとしたからだったんだよね。
これって日本人の持つ愛の本質だ。
琴線に触れた瞬間、涙が溢れた。
そして、自分もその反応を見て連鎖的に、そうか、と気付かされた。
これがあるから、日本は世界の頂点だと言われる。
世界に対して、自分と利他のために本物のリーダーシップを取れる可能性がある国とみられる。
そうだ。日本人の中にある深い部分には、宇宙のワンネスの心が備わってるんだ。って、改めてハッとしたんだよ。
東京にはびこるような、表面的な自己保身のために機嫌取りして調和を保つ、エゴイスティックな偽のワンネス、偽の日本人たちの偽の調和ではなく、本物の日本人の中には、本気のワンネスが、愛がある。
自分が若い時、歩き遍路で出会った四国のおばちゃん、おっちゃん、おばあちゃんたちは、もう今は生きてないかもしれないけど、それを体現して生きていて、そんな優しさに苦境をなんども救われた。
自分が遍路の中で味わったのは、その日本人の愛の深さだった。
東京にいた間、随分、長いこと、忘れてた。
そうだ、日本人の深い部分にはそれがある。
だから、もともともっていたその原点に繋がった時、日本は目覚めるだろう。
それが大和魂の正体なんじゃないだろうか。
生日中殺の娘は、本当に不思議な子供で、赤ちゃんの頃からニコニコと周りに笑顔を振りまき、なにもせずして全体の雰囲気をまるごと変えてしまうような赤ちゃんだった。
通りすがりのおばあちゃんから、「今日は嫌なことがあったんだけど、この子の笑顔を見たら全てぱっとどうでもいいことになっちゃったよ!ありがとうね!」と言われたり、動物の自然な動きを見て人の心が和んでいくように、この子発で、この子の自然な動きが、道ゆく人の心にとまり、いろんな幸せを波及させていく子だった。
だからその娘が大きくなって、みんなが幸せな心になることが私の幸せだと泣きながらパパに言った時、本当にそうなんだろうな、と思った。
しかし、この感覚は海外からしたら、宗教的に捉えられるか、もしくは、非常に独特なものだろう。
日本人のもつこうした独特の感性や価値観は、伝えなければ伝わらない。
相手が理解してくれるのを待つのではなく、こちらから世界に向けてちゃんと発信していかなければ、決して理解されることはない。
だから、私たちは、言葉を持たなくてはならない。相手の言葉を使って、伝えなくてはならない。英語コンプレックスという呪いを解いて、海外の人たちに、この国の人たちが何を感じ、何を思うのか。
伝えなければ、伝わらない。
そして、インターの先進的な教育に感銘を受けつつも、自分の中にもうひとつの強い思いがあることにも気がついた。
私が娘をインターにやったのは、外国人にするためじゃない。
日本の心を京都で培い、娘の感性で解釈した日本の感性と真善美の世界を海外に伝えていくための手段を、この子に持って欲しいからだ。
海外のものには日本が長らく失ってしまった、整合性や合理性を大切にする理性があるけど、それだけで全て良いわけでもなく、やっぱり日本人として唯一無二の失ってはいけない「心」ってものがある。
その心こそ、日本に生まれた日本の子供が大切にしなければならない大事な宝なのだと思う。移民したり、国籍を変えただけでは決して身につくことのない、「日本の心」を教えるのはインターナショナル・スクールじゃない。
やっぱり、日本人の我々であり、娘をとりまく日本人たちみんなの愛がこどもたちに伝えていくものなんだよな。
この子の心をまもり、その内側に秘めた大きな愛を輝かせるまで、僕らがこの子の清さをまもらなきゃいけないよなって、夜、ピカチュウとは話し合った。
そして後日、ホメオパスからこんな写真が送られてきた。
相談時、ホメオパスの飼い猫につよい興味を持って、勝手に二階のプライベートルームにあがっていってしまった娘。ホメオパスは、おおらかな大阪人なので、咎めることもなく、受け入れてくれた。
普段、居心地が悪いと大騒ぎする娘も、この診療所では猫のようにゴロゴロしていたと思う。
そして娘が帰った後、ホメオパスが二階に上がってふとみると、猫のよくいる場所においてあった猫の置物が、猫の水飲み場におかれていたのをみて、娘の優しさにこころを打たれたといって送ってきてくれたのがこの写真。
海外の人は、ものはただの物体と見る。
でも、ものにも心が宿ってるんだよって、思いを傾けるのが日本人。
暑い日で、喉が乾くから、置物の猫にもお水をあげたんだね。
英語ネイティブの発想で育った上の娘とは違い、下の子は完全に日本ネイティブとして育ってるんだな、とつくづく思った。
幼稚園をインターナショナル・スクール、またはバイリンガル・スクールにする親が増えているけど、この時期に子供の心の原点が作られるわけなので、幼児保育施設選びは、本当に本当に重要だと改めて思う。
単に、経済力がある家庭が、子供に英語で優位性をつけたいためだけに通うのであれば、もしかすると大切な日本の心を失うかもしれない。
そして、他人をバイキン扱いして暮らしている東京に暮らしていると、もうそのような日本の心を子供に伝える環境はほとんどないので、正直、西側に越してきて本当に良かったと思う。
(※少なくとも京都では、主に首都圏で体験した人の心や尊厳を傷つけるような殺菌・ワクチンの押し付けは、体験したことがない。西は、大阪も都会でありながら、情と合理性のバランスが良い。)
日本人の目覚めを皮切りに、世界の大転換が始まっていくという予言が世界中のあちこちにある。
この目覚めのとき、一体、この日本に何が起こるのか。
それを見るのが、非常に楽しみになったし、自分の中にある日本の心にも気がついて、モンゴルに行くことで、結局は、その日本人らしさも強化されるかもしれないと思ったりもしている。
対極のものを味合わなければ、ひとはその存在自体を認識できない。
だから、人間はこの陰陽の世界を体験しに生まれてきたんだよね。