【未来流・子育て論】褒めない教育と自己肯定感の再定義

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コラム
私は、「叱らずに褒める教育」に少し違和感を持っています。

もちろん、怒鳴ったり人格否定をするような教育が良いとは思いません。恐怖で支配する教育は、子どもの可能性を狭めることもあります。

ただ一方で、「とにかく褒める」「否定しない」「子どもの自由を最優先する」という教育だけで、社会を生き抜く力が育つのかというと、少し疑問があります。

なぜなら、社会にはどうしても「現実」が存在するからです。

大人になると、優しい言葉だけでは乗り越えられない場面がたくさんあります。

たとえば、不動産投資の世界では、どれだけ人柄が良くても以下で見られます。
・職歴
・勤続年数
・年収
・資産背景
・信用情報

転職回数が多いと不利に見られることがありますし、属性が弱いと融資審査が通りにくくなることもあります。

これは「良い悪い」の話ではなく、現実として存在している社会構造です。

だから私は、子どもの頃から「現実を受け止め、改善する力」を育てることが大切だと思っています。
・できなかったら修正する
・間違えたら学ぶ
・改善して、もう一度挑戦する

この繰り返しです。

自己肯定感というのも、「何をしても肯定されること」ではなく、「改善できる自分を信じられること」なのだと思っています。

実際、お金持ちの家庭を見ていると、幼少期から“基準”を教えられているケースが多くあります。

挨拶、立ち居振る舞い、時間感覚、会食マナー、コミュニケーション。

細かい部分ですが、かなり厳しく見られます。

私自身も、子どもには幼い頃から高級料理店やホテルへ連れていき、一流の接客や空間に触れさせています。

現在5歳ですが、テーブルマナーはもちろん、ワインボトルの違いや、建築や空間デザインの美しさにも興味を持つようになりました。

大人同士の世界では、そういった小さな積み重ねが「信用」になるからです。
また、ピアノやバレエなどを習っている子どもが多いのも印象的です。

これらは単なる習い事というより、「基礎を積み重ねる訓練」に近いと感じます。

姿勢、所作、継続、反復練習。

できなかった部分は修正されますし、ときには厳しい指導もあります。

私の子どももピアノを習っていますが、現在では久石譲の曲や簡単なクラシックを弾けるようになりました。

しかし最初の頃は、音符を書くこと、鍵盤を覚えることなど、自由性の少ない基礎練習から始まるため、何度も挫折して泣いていました。

それができるようになると、今度は弾くスピード、両手の連動、表現力と、また新しい課題が出てきます。

しかし、そうした積み重ねによって、「現実と向き合いながら改善する力」が育っていくのだと思います。

最初はできなくてもいい。
あきらめずに、自分で考えながら突破することが大切なのです。

今の時代は、「多様性」や「自分らしさ」が大切にされる時代です。
それ自体は、とても素晴らしいことだと思います。

ただ、「現実から目を逸らしてもいい」という意味ではありません。

社会にはルールがあり、信用があり、結果があり、責任があります。
社会に出れば、誰かがずっと褒め続けてくれるわけではありません。

結果が出なければ、評価されないこともあります。

信用を失うこともあります。現実を突きつけられることもあります。

だからこそ私は、子どもの頃から、
・できなかったら改善する
・悔しかったら努力する
・逃げずに向き合う

その力を育てることが、本当の意味で子どもを守る教育なのではないかと思っています。

これは子どもだけではなく、大人である自分自身にも言えることです。

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