「いらっしゃいませー」
ネズミのチュン君がやっているレストランはいつもお客さんでいっぱい。
チュン君は忙しいながらも、毎日毎日楽しそう。
同級生もたくさん来ます。
今日もレストランはにぎやか。
ゾウのパオ君、ウサギのミミちゃん、フクロウのポロ君、アシカの
ガー君がテーブルで楽しそうに話しています。
「ここに来ると楽しいんだよなー」
「いつも誰かに会えるしね」
「料理も美味しいしね」
チュン君は幸せです。
みんなに会えること。
美味しいって喜んでもらえること。
健康で働けていること。
ずっとずっとこんな日が続くと思っていました。
「へー、そうなんだ。」
チュン君は新聞を読みながらつぶやきました。
少し離れたチクタク村で風邪みたいな症状が流行っているみたいです。
毎日病院にたくさんの動物たちが押し寄せる。
「僕も気をつけよう!」
カランカラン。
お店の玄関からパオ君が入ってきました。
「ゴホッゴホッ・・・やあ・・・チュン君」
「いらっしゃい、パオ君
あれ?ちょっと顔色悪くない?」
「うん。ここんとこ調子悪くてね。
今日はお酒はいいから、何か美味しいものつくってよ」
「わかったよー。元気の出るものつくるね」
それがパオ君と最後に話したことでした。
2日後、パオ君は天国に行ってしまったのです・・。
チュン君は悲しくて悲しくて仕方ありません。
この間まであんなに元気だったパオ君が死んでしまうなんて。
パオ君のお葬式が始まりました。
ミミちゃんもポロ君もガー君もみんな泣いています。
そんななか、街のサイレンが鳴りました。
「わくたま村のみなさんにお知らせです。
原因不明の感染症が流行しはじめています。
とっても強いウィルスです。
ですのでみなさんにお願いがあります。
なるべく家から出ないでください。」
その日からチュン君のレストランには誰も来なくなりました。
レストランだけではありません。
わくたま村は誰も住んでいないのかと思うほど
静かになってしまったのです。
お店の食べ物がみんなダメになっちゃいそうです。
「仕入れに行かなくちゃ」
そう頭では思いましたが、身体がだるい。
ちょっと休んでから行こうとベットに横になりました。
目が覚めて起き上がろうとすると身体が動きません。
身体は熱く、頭はボーッとしています。
汗もいっぱいかいています。
お母さんが病院に連れて行ってくれました。
ロバ先生が診てくれます。
「最近は同じ症状の人が多くてね。
今のところ薬を飲んでもらって安静にするしかないんだよ。
その薬で熱が下がればいいのだけど。」
ふとここで思い出したようにロバ先生に聞いてみます。
「パオ君も来ましたか?」
「あー、そうだね。
あの子が一番最初だったかもね」
お母さんに連れて帰られたチュン君は
フラフラと自分のベッドに向かいました。
熱もあり何も考える余裕もなく、
ぐっすりと眠り朝を迎えました。
するとどうでしょう。
昨日が嘘のように身体は軽く、
汗でびっちょりとなったシーツとは裏腹に、
心はすっきりとしています。
薬はバッチリと効きました。
嬉しくなったチュン君はベッドから飛び上がり、
窓を開け大きく息を吸いました。
身体の気持ちよさを感じた瞬間、
何か違和感を感じます。
「何だろう?」
よく見ると生い茂った草は踏み潰され
誰かが通ったあとがあるではありませんか。
「んん・・・」
小首をかしげたその目には信じられないものがありました。
なんと家の壁に張り紙が貼っております。
1枚、2枚、3枚、、、
ざっと10枚はあるでしょうか?
おそるおそる張り紙に書かれた内容を読んでいきます。
「こいつは病原菌だ」
「病気を持ち込むな」
「俺たちを殺すきか?」
「この村から出て行け!」
目の前が真っ暗になりました。
あんなに軽かった身体は石のように重くなり、
よろよろ後ずさったチュン君は机にぶつかり
頭を強く打ちました。
自然と涙が出てきました。
痛くて泣いてるわけではありません。
自分に何が起こっているかを理解したのです。
「いったい誰がこんなことを…」
「きっと村のみんなは僕が流行り風邪だと思っているんだ」
「こんなに元気なのに」
「なぜこんなことに…」
「早くみんなに僕は違うと知らせなきゃ」
「でも、なんでこんなことに…」
このまま急いでみんなに伝えに行きたいのに、
怖くて怖くて一歩が踏み出せない。
みんなの顔から悪魔に乗り移られたような
冷たい視線を感じる。
かとおもえば世界には僕しかいないのかと思うほどの
孤独感が襲ってくる。
しばらくうずくまっていると、
ある感情が芽生えてきた。
「全部パオ君のせいだ・・・」
そう思ったらいても立ってもいられなくなりました。
そして、
勢いよく玄関を飛び出します!
薄暗くなったボコボコ道を
バランスを崩しながら走り、
途中で何度も転びながら
小高い丘の上につきました。
そこはパオ君のお墓がある丘です。
チュン君は身体に似合わないほどの
つるはしを持っています。
そう、チュン君はパオ君を恨み、
その怒りにまかせてお墓を
壊そうとしていたのです。
しかし、そうはしませんでした。
パオ君のお墓の前に
誰かがしゃがんでいます。
背中の向こうから声が聞こえました。
「墓を壊しに来たのかな?」
それはパオ君のおじいちゃんでした。
パオ君のおじいちゃんは
わくたま村の前の村長さんでした。
みんなから大変尊敬されています。
そして、チュン君が通ってた小学校の
校長先生もしていました。
チュン君は答えます。
「先生、僕はパオ君を恨んでいます」
「そうか。
でもその前にちょっと話してもいいかな?」
「わかりました」
「うむ。
パオが昔から心臓が悪かったのを知っているだろう?」
「・・・はい。」
そうでした。
パオ君は小さいときはよく学校を休んでいました。
大人になってからはいつも元気にしているようだったので、
チュン君はすっかり忘れていました。
「パオは確かに流行風邪にかかってしまった。
でも死んでしまったのは
流行風邪のせいなんかじゃない。
それはただのきっかけだったのだよ」
「みんなの前では元気のふりをしていたんだろうけど、
仕事が立て込んでいるときなどは、
家に帰ってきて胸を押さえていたよ。
無理して仕事などしなくていいと言っても、
『仕事は楽しいよ。みんなにも心配かけたくないし』
と言っては次の日には出かけていったんじゃ」
そんなことは全然知りませんでした。
逆にパオ君からたくさんの元気をもらっていました。
「あの日もゴホゴホと赤い顔をして帰ってきての。
大丈夫かと聞いたら
『チュン君に会えて良かった』
とだけ答えてベッドにいったんじゃ。
きっと、自分の命が長くないことを
わかっていたんじゃろうなー。」
チュン君の頬を大粒の涙がつたりました。
「僕は・・・僕は・・・」
やっと言葉を振り絞ります。
「なんてことをしようと思ってたんだ・・・」
「パオにとってチュン君は大事な友達だったんだよ。」
涙が止まりません。
「チュン君にとってもそうだったら嬉しいのー。」
震える肩でコクリコクリとうなずきました。
返事をしようにも声が出なかったのです。
「それと・・・
ひとつ頼みがあるんじゃが・・・」
カタンカタン。
ゴトンゴトン。
その日からチュン君は寝るのも忘れて
作業に夢中になりました。
あれから3日間、
チュン君はレストランを開きませんでした。
その間チュン君はずっと作業をしています。
何かにとりつかれたように。
作業の手を止めホットミルクを入れました。
客席で少し休もうと思ったのです。
お母さんが新聞を置いといてくれました。
その一面の見出しに目がとまりました。
「流行風邪は・・・ただの風邪」
チュン君は記事を食い入るように読みました。
そこに書かれていたのは、
流行風邪患者の統計です。
爆発的に感染者は増え、
感染力は強いが咳が出るくらいの症状で、
重症性はないので恐れるものではないですよ。
との医学的結論でした。
「こんなただの風邪に僕らは振り回されていたのか。」
やるせなさが押し寄せます。
感染の原因やどういった症状が出るのか分からなかったときは、
みんなが恐れ不安になり、
感染者への誹謗中傷がやまなかったのです。
チュン君もその誹謗中傷の犠牲者です。
誹謗中傷をしたみんなを恨みそうになりました。
でも、思い直しました。
「先生との約束を果たさなきゃ。」
すると、
カランカラン。
玄関の鈴が鳴ります。
お店に入ってきたのは、
ポロ君、ミミちゃん、ガー君。
ポロ君が聞きます。
「チュン君大丈夫かい?」
「みんなどうしたの?」
ミミちゃんが答えます。
「チュン君が心配で。
来るのが遅くなってごめんね。」
ホットミルクをみんなで飲みながら、
チュン君は久しぶりの笑顔を浮かべました。
カタンカタン。
ゴトンゴトン。
ドンドンドン。
ガギンガギン。
以前にも増して作業の音が大きくなりました。
ポロ君とミミちゃんとガー君も
手伝ってくれることになったのです。
すると次の日には常連のコンさん、
その次の日にはこれまた常連のニャンちゃん、
その次の日にも常連のキキ君など、
毎日誰かが手伝いに来てくれるようになりました。
3週間後、
チュン君はチラシをつくりました。
そこにはこう書かれています。
“chun’s restaurantの庭に遊園地ができました”
チュン君のレストランの庭には
大きな大きなゾウの形の遊具ができました。
頭は展望台に、
鼻は滑り台に、
背中はふわふわドームに、
耳はターザンに、
体の中は迷路に、
足は登り棒に、
尻尾はブランコに。
大切な大切な友達を忘れないために。
そしてみんなが笑顔でいられるように。
それからチュン君のお店にはみんなが訪れ、
毎日たくさんの笑顔で溢れています。
もっともっとみんなを喜ばせたい。
チュン君は新たな遊具を作り続けています。
あのときの言葉を叶えるために…
「チュン君、
ずっとずっとみんなが幸せな気分でいられるような
レストランを続けていってね。」
おしまい