2回目の離婚

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 2回目の結婚の後は、仕事を頑張りました。全国展開の有料老人ホームの責任者をやってました。60人規模(中程度)の2棟の立ち上げに参加しました。ご家族からのクレーム対応苦労しました。中(スタッフ)からも不満の声、大変でした。会社からは営業成績とかいろいろな報告しなくてはならないものの対応に追われていました。給料はそこそこ良かったと思います。しかし、それなりの働き、求められました。

 1棟目の立ち上げでは、郊外の、それも山の中にありましたから、通うのが大変でした。また、スタッフの確保に窮しました。入社してもすぐに辞めるんですね。いたちごっこでした。わたしは、面接までこぎつけたら全て採用してました。選んでる余地はありませんでしたから。
 また、入居者さんも来たらたいていは受けました。これも、選んでいる余地はなかったからです。
 現場は、大変だったと思います。よく施設内を走り回っていましたから。でも、入居者がいないと何も始まらないんです。仕事がなければ即撤退です。資本の論理はそんな甘ちゃんではありません。必死でやっていました。
 そんな時妻から、「経済力がない」と言われたのには落胆しました。妻も働いておりましたが、家計には1円も協力してくれませんでした。最初の話し合いが甘かったんだと思います。家賃・光熱費・食費・娯楽に至るまで、すべてわたしが出していました。給料は決して少ないわけではなく、協力が足りなかった。

 わたしはそのころ、モルモンを辞めていました。教義についていけなかったからです。それで、関を切ったかのように酒に頼ったり、市販薬のODに頼ったりの生活に再び戻ってしまいました。とにかく仕事がハードで、耐えられませんでした。そんなわたしの精神状態を、妻は見てくれませんでした。単に酒・たばこ・薬とか、表面的な状況しか見てくれなかったんだと思います。
 ある日、わたしの酒の飲み方についてクレームを言ってきました。わたしは、「関係ないだろう、そんなこと」と突っぱねました。そして、彼女はわたしへの人格攻撃を始めました。そんな事を言われたのは初めてでした。思わず、「出ていけ!」とわたしは言いました。妻は反論しましたが、わたしはお金のことを鋭く突きました。自分が稼いだ分を、生活費にとられない分全て好きに使っていたからです。それでわたしに「経済力がない」なんて、どの口が言ってるんだ。わたしには、それが身勝手な暴言としか映りませんでした。
 すぐに妻は実際に出ていく準備を始めました。わたしも別に止もせず、黙ってみていました。引っ越し屋が来て荷物を見に来た時に「一部引っ越しですね?」と言っていたのが印象的でした。引っ越し当日もわたしは淡々としていました。「バイ」とした言いませんでした。向こうも特に何も言わなかったと思います。

 こうして、わたし達の夢のような幸せもあっけなく壊れてしまいました。今思えば、わたしがモルモンである種の禁欲生活をしていて、それが良かったんだと思います。しかし、妻は宗教には元々関心がありませんでしたから、なんにも見ていなかったと同じです。理解不能だったと思います。クリスチャンとノンクリスチャンが結婚すると、日常生活上大きな開きが生じてしまいます。人間の本質は「」ということを普通の人は知りません。ただ、表面的な現象だけを見てきます。わたしたちは本来の意味で婚姻関係を結んだのではなく、単に結婚ごっこをしていたように感じられます。
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