ウマ娘をプレイしていて、「これはBLじゃないか?」と思う瞬間が多々あります。
現役の腐女子(20年選手)が言うんだから間違いありません。
もちろん、女性同士の関係をBLと呼称することを嫌悪される方がいるのは承知しています。
そもそも男性同士の恋愛を描いているわけでないのにBLというのはちゃんちゃらおかしい。全くその通りです。
だからこそ、なぜなのか、改めて考えてみたくなりました。
BLあるあるなんだよなあ
1コマ漫画のシリウスとルドルフのやり取り、うろ覚えで申し訳ないんですが「私が勝ったら何でも言う事きいてもらう」っていうセリフ、腐女子の方なら親に名前を呼ばれた回数より耳にしてきたかと思います。
BLでは勝負の勝ち負けがその後の関係性に大きく影響が出る描写が多々あります。
ちょっと下品な話をすると、負けたらお前の身体は俺のものだ、的なところから、俺が勝ったら貴方は死ぬのをやめてもらうといったシリアスなものまで、BLではそういったギャンブルが日々行われています。
私たちの中でそれは日常の一場面であるのですが、これが女性同士の関係ではあまり見られなかったのです。
といっても、私が女性同士の、いわゆる百合界隈に明るくないのでもしかしたらそういう作品もあるのかもしれませんが、なんとなく見たこと無いなと。
また、「私が勝ったら何でも言うことを聞いてもらう」というセリフがあったとしても、一日お買い物に付き合ってもらうこと(デート)だったり、あの子に二度と話しかけないでだったり、少なくとも命のやり取りはそこにありませんでした。
それは、物語で描かれる女の子の欲望に読み手や作り手がカワイイを求めているからなのかなと私は考えました。
だからシリウスとルドルフのあの1コマ漫画のやり取りは私の中で伝説になってしまったのです。
これはカワイイではない。カッコいいだ。
腐女子は気付いてしまったのです、私がBLに求めるものはこれだ、カッコよさなんだ。
だからウマ娘はBLなんだと。
マヤノトップガンというスパダリ
スパダリとはスーパーダーリン、とにかく彼氏力の強い奴だと思って頂ければありがたいです。
えっマヤノトップガン?
と、お思いかもしれませんが彼女のシナリオをプレイして、彼女の攻としてのポテンシャルに気付いたお姉さんは少なくはありません。
ネタバレになりますが語らせて頂きますと、彼女はレースに対してある時から意欲を失いますが、大好きなトレーナーがナリタブライアンの走りに夢中になっているのを見て、自分を見て欲しい、自分の方が強い、その証明のためにナリタブライアンに挑みます。
ナリタブライアンとレースをする中で、彼女の実力を認め、今後も更に競い合って行きたいと願いますが、ナリタブライアンの身体に限界が近づいてきます。
引退宣言をする彼女を、引退会見の場で引き留めて再びレースの世界に引き戻すというシナリオなんですが、私の文章ではとても説明がつかない、とにかく濃厚なBL小説を読んだような後味でした。
ナリタブライアンは、自分は落ちていく夕陽でマヤノトップガンはこれからも活躍する眩しい存在だと思っている「お前は光だ系受け」に見えます。
自分はその光に照らされているから輝くことができる、自分なんか気にせずにキラキラ輝いて世界を照らして生きて欲しい……そういった諦念を抱えたキャラクターがどいうわけか腐女子は好きです。
そして、マヤノトップガンは、圧倒的な光としてナリタブライアンを強引に引き戻します。ブライアンのためじゃありません。自分がブライアントは知りたいからです。わがままで子どもっぽくて、でも純粋でマヤノらしい素敵な理由です。
だからこそブライアンは心を動かされたし、私もマヤノが大好きになりました。
これが女性同士の関係で描くことの如何に難しいことか、いかに稀有であるか、このシナリオで改めて考え直すことになったのです。
BLではこういった文脈はまあよくあるんですよ。ワガママや純粋さが、この世の摂理だとかそれぞれの決意だとか社会的な役割だとか人生だとかそういうのをぶっ壊して、ぶっ壊せないにしても自分を貫き通して二人を選ぶ。大好物です。
ですが、女性同士の関係になるとどうでしょう。意外とこれが、ないんですよ。
私は女性が沢山出てくるゲームといえば、アイマス、艦これぐらいだし、百合といえば吉屋信子の花物語、ユリ熊嵐とウテナぐらいのニワカもニワカです。
ニワカなりに見た世界ではちょっとマヤノとブライアンの関係は特殊というかBLじみていたのです。
いやいやユリ熊嵐やウテナは女の子同士で世界を変えたじゃないかと思いもしましたが、あの作品は女の子であることに重きを置かれているので何か違うんです。
どうやら、私という腐女子は、関係性の中に性別を持ち込まない関係性をBLと思い込んでいるようでした。
ウマ娘の性別
ウマ娘というゲームが時にBLじみていると感じることは、ウマ娘は娘という性別しか存在しないことも原因の一つであると考えます。
トレーナー以外の異性が存在しないから、同性の間でのみの関係性を注目する事ができる。
また、人間ではない、走るのが大好きな生き物であるということで、人間の女性が背負う面倒な社会性からも解放された存在であるように見えます。
スイーツが大好きで、カワイイが大好きであっても、彼女たちは人間の女の子ではないのです。それが、土台としてあるために性別の曖昧さを感じさせるのではないでしょうか。
男性へのあこがれ
これは、個人的な話です。
腐女子というのは様々な経緯でそういう存在に至ったため、私の話は症例のひとつとして取り扱ってください。
小学生の頃です、外で走り回ったりドッヂボールしたり、テレビゲームだって男の子の方が強かった。強い方がカッコいい。私はそれに憧れました。
そこで、男の子を好きになれば普通の少女になったのかもしれませんが、私は男の子になりたいと思ってしまった。
女の子の遊びはぶっちゃけつまんなかったです。
シール集めたり、アイドルごっこをしたり、好きな男の子の話をしたり、偶然私にそれが合わなかった。
更に、古い農家の長女だったために、お客様がいらっしゃったらお茶入れをやり、お手伝いに来てくださった方々にお昼ごはんを振舞い、休みの日は外で働く父母のために掃除洗濯です。
深刻に思いつめることはありませんでしたが、「面倒くせえな」とは思いましたよ。女って面倒だな。
私が腐女子になった元凶はこのあたりにあるかなと思っています。
何が説明したかったかというと、腐女子がBLを愛好する理由のひとつとして、男性の世界への憧れがあるのではないかということです。
それは、実際の男性ではなく、女性から見た男性の世界であって、自分たちの不自由さを持たない、幻想のカッコいい男性の世界です。
実際男性は男性で苦労されているということは腐女子の皆さんは承知の上です。なぜなら、自分たちが憧れているのは自分の目で見た、一瞬のカッコよさを集めた幻想なのですから。
だから現実と妄想をごっちゃにすることはタブーであり、見た人がそのように捉えられる可能性があるものは秘匿すべしとされています。
だからパスワードとかタグとか色々考えているんですよね。
結論
上手く説明できた気がしませんが、ざっくりまとめるとなぜウマ娘がBLに見えるのかについては以下の通りになります。
・BLでのみよく見られる対話や関係性が存在する
・ウマ娘の性別の特殊性
・その腐女子の性質
最期については、本当にその腐女子によって違うと思うんですが、私の性質には合っていました。
ウマ娘がBLに見える、という言葉は、受け取る方の感性によっては別称に聞こえても仕方がないと思います。
ただ、私が今ここでウマ娘がBLに見える、という発言は、叶う事のない特別な憧れと愛をもって使わせていただきました。