テレビのリモコンやエアコンのリモコンの電池が切れたとき、新しい電池を探して交換するわずかな手間でさえ、今の自分のキャパシティを超えていると感じて絶望してしまうことがありますよね。
「たかが電池交換なのに、どうしてこんなに億劫なんだろう」「こんなこともできないなんて、自分はダメなんだろうか」と、自分を責めてしまった経験はありませんか。
でもね、どうか自分を責めないでほしいのです。
リモコンの電池を交換するという作業自体は、ほんの数分、ううん、数十秒で終わるようなとても小さなことです。
引き出しを開けて、予備の電池を探して、裏蓋を外して、古い電池を取り出して、向きを確認して新しい電池を入れる。
元気なときであれば、無意識のうちに何気なくこなせてしまうような本当にささやかな動作です。
それなのに、その途方もない作業のように思えてしまって、手が動かなくなってしまう。
リモコンをテーブルに置いたまま、ただ呆然と天井を見上げてため息をついてしまう。
そんな状態になってしまうのは、あなたが怠け者だからでも、やる気がないからでもありません。
それは、あなたの心のエネルギータンクが完全に空っぽになってしまっているという、心からの切実なSOSなのです。
心のキャパシティが限界を迎えているとき、私たちの脳や心はこれ以上の負担に耐えられなくなっています。
これまで仕事や人間関係、日々の生活のさまざまな場面で、あなたはたくさんのプレッシャーや不安と戦ってきたのではないでしょうか。
周りの人に気を配り、自分の気持ちを後回しにして、一生懸命に走り続けてきたのかもしれません。
そうやって限界まで頑張り続けてきた結果、もう「電池交換」という小さな一歩を踏み出すための力さえ残っていない状態になっているのです。
小さな出来事に思えるかもしれませんが、それは決して小さな問題ではありません。
コップの水がいっぱいになって表面張力でギリギリ保たれているときに、ほんの一滴の水が落ちただけで一気に溢れ出してしまうことがありますよね。
電池が切れたという出来事は、まさにその「最後のひとくち」だったのです。
溢れ出てしまったのは、これまでに溜め込んできた膨大な疲労やストレスです。
だから、「電池交換すらできない」のではなく、「もうこれ以上、一歩も動けないほど頑張ってきたんだ」と捉えてみてください。
僕は、その絶望感こそが、あなたの心が必死に「休んで!」と叫んでいる声なのだと感じます。
そんなときは、リモコンの電池なんて今すぐ交換しなくたって大丈夫です。
テレビが見られなくても、エアコンの温度が変えられなくても、命に関わるわけではありません。
本体のボタンを直接押す元気があればそうすればいいですし、それすら面倒なら、今日はもう電気を消して布団に入ってしまってもいいのです。
「やらなきゃいけないこと」をすべて投げ出して、自分を極限まで甘やかしてあげてください。
温かい飲み物を飲んで深く息を吐くだけでもいいですし、好きな音楽を聴きながらただボケーっと過ごすだけでも十分です。
「今日は何もできなかった」と自分を責めるのではなく、「よくここまで倒れずに頑張って持ちこたえたね」と、自分自身の体を温かくいたわってあげてほしいのです。
心がしっかりと休息を取ることができれば、減ってしまったエネルギーは少しずつ、少しずつ充填されていきます。
そして、いつかまた心が元気を取り戻したときに、「あ、電池変えてみようかな」と自然と思える瞬間がやってきます。
その時が来るまでは、無理に動こうとしなくていいのです。
動けない自分をそのまま受け入れて、ただ静かに心を休める時間を作ってあげてくださいね。
あなたの心が少しでも軽くなり、温かい安らぎに包まれることを心から願っています。