「運命だから」とあきらめちゃう、そんな少し冷めた自分も愛おしい。

「運命だから」とあきらめちゃう、そんな少し冷めた自分も愛おしい。

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コラム
人生のルートで迷ったときや、恋愛、仕事、人間関係、そして将来への不安で心がギュッと苦しくなったとき、「これはきっと運命なんだ」って思いたくなる瞬間、ありますよね。

そうやってすべてを運命のせいにして、自分の責任をそっと手放したくなる気持ち、僕にはとてもよく分かります。

でも同時に、心のどこかで「あ、いま自分は言い訳をして楽になろうとしているな」って、冷ややかに自分を見つめているもう一人の自分がいませんか。

そんな冷めた視線に気づくと、なんだか自分がずるい人間に思えて、少し落ち込んでしまうかもしれません。

だけど、そんな風に自分を客観的に見つめられること自体が、実はとても素敵なことだと僕は思うのです。

運命という言葉を使って、傷つきそうな自分の心を守ろうとするのは、人間としてごく自然な防衛反応です。

だって、それだけ今のあなたが一生懸命に生きていて、心がちょっぴり疲れちゃっている証拠なのですから。

僕が心理カウンセラーとして多くの方の悩みに触れる中で感じるのは、自分に冷めた視線を向けられる人ほど、本当はとても誠実で、自分に嘘をつきたくない人だということです。

本当に無責任な人なら、運命のせいにしてそのまま何も気づかずに通り過ぎてしまいます。

「運命のせいにして責任を放棄しようとしているな」と自分で気づけるのは、あなたが自分の人生から逃げ出したくないと願っている、何よりの証拠なのです。

だから、まずはそんな冷めた視線を持つ自分を、責めるのではなくて「よく気づいたね」って優しく受け止めてあげてください。

運命にすべてを委ねてしまいたい日があっても、それは決して悪いことではありません。

心がエネルギー切れを起こしているときは、いったん「運命のバス」に乗っかって、流されるままに心を休める時間も必要なのです。

少し心が軽くなって、エネルギーが溜まってきたら、また自分の足で一歩を踏み出せば大丈夫。

「これは運命だけど、これからの選択は自分で決めていこう」

そんな風に、運命と自分の意志のバランスをゆるやかに取っていけたら、人生はもっと楽に、心地よいものになっていきます。

完璧じゃなくていいし、ときどき言い訳をしたっていいんです。

どんなあなたも、今のままの等身大の姿で十分に素晴らしいのですから、ゆっくり進んでいきましょう。

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