男のシステム内(つまり社会)に入り込んで活躍できてしまう女性というものを、男性は求めていないからです。
男は、社会で十分奴隷仕事をして疲弊しているのです。
そこに同様にシステムの奴隷がいたとしても、疲弊×2になるだけで、本来求めている癒しや安らぎから遠ざかってしまうんです。
都会で「パワーカップル」と言われている人たちほど、猫だの犬だのというペットを飼うのは、そういうことなのです。
不倫などしたり、愛人や恋人を作ったりするのも、同じ理由でしょう。
人は、システム外にいるものからしか、刺激や驚きといった発見、または安らぎや癒しを得られない。
そういうわけで、人間にとって、
男女平等って、男女とも同じように働き、同じように稼ぐ、ということではないのではないかなと私は考えるのです。
同じ・公平・水平な関係からは何も発展しないんです。でこぼこや、落差がある状態の方が、発展や展開が早いんですよ。
別の方向やモノの見方、今のシステムとは別の世界の可能性・・・
二人で同じシステム内にいて、同じように疲弊するより、別の世界観で生きる二人の方が、ずっと楽しいし発展性があります。
「未来少年コナン」というアニメ、ご存知でしょうか。
宮崎駿さんの初期の頃の作品ですね。
私は中国にいた時に「土豆」というアニメサイトで見ましたよ(笑)
中国では、日本のアニメがほとんど即座に字幕付きでネットにアップされるんですよね。
古いアニメも豊富にそろっているとこが魅力的です。「美味んぼ」とかも中国で見ました。
ちょっと設定からキャラから、ラピュタに似てるんですよね!
パズー・・・じゃなかった、コナンは、「残され島」という無人島でおじいさんと二人暮らしだったんです。
それが、シータ・・・じゃなかった、ラナという少女を救うため、インダストリアという凶悪独裁国家と対決するというお話なのです。
これさ・・・もし、コナンがインダストリアの住人だったら、はたしてラナのことを助けられただろうか?と考えみてください。
インダストリアというシステム内部の人間には、ラナは救えなかったんです。
コナンがシステム外の人間だったから、インダストリアの教育も受けてないし、その怖さも知らないから。
だから、無謀なチャレンジができたんじゃないでしょうか。
インダストリアという国を破壊できるのは外側からの力しかなかったんです。
どんなにコナンが人間離れした身体能力の持ち主だったとしても、心が野生じゃなかったら、立ち向かえなかったと思うのです。
そして、ラナは失意のうちに死んでいったという結末になっていたでしょう。
巨大なシステムの内側にいる人間は、そこで革命を起こすことができない。
まずはシステムの外側に出る必要があるのです。
だけど、今、一つのシステムの中に、様々な色々な視点や価値観が取り込まれてしまう状況で、じわじわと「外側」というものがなくなっていくような気がしているのです。
昔は、女性や老人、子供や別の領域で生きている団体・グループ、または独自のシステムで動く地方の共同体など、システム外の存在がたくさんあった。
だけど、今はそれが「平等」という名のもとに、一つにからめとられていっているような感じです。
もしも、男の社会システム、女の社会システム、男の経済システム、女の経済システムがあったら・・・
可能性が2倍になると思いませんか?
別の価値観で動くまた別のシステムがあったら、3倍、4倍~になりますよね。
そのシステム同士で、優劣ってあるでしょうか。
別の同等のシステム同士が、同時に存在しているだけの話で、どちらかがどちらかに取り込まれることはない。
影響を与え合うけど、支配関係ではないのです。
「そっちの世界ではそうかもだけど、こっちの世界では違うよ」と、価値観が一つじゃなくてOKなんです。それが当たり前なんです。
なぜ、仕事ができる女性(システム内の女性)が恋愛で上手くいかないのか。
同じシステム内の相手と付き合っても恋愛には発展しないものだからです。
同じシステム内で発生する「人間同士の求めあう感情」は、性欲か、同情、同病相憐れむの共感でしかないのです。
そこに革命は起きません。
恋愛は、革命です。
革命は、外からの力が加わらないと発生しない。
恋愛モノの漫画を思い出してください。
常に、相手はシステム外の存在じゃないですか?
例えば、転校生、ちょっと不思議な存在。
変わり者の男子や外国人。
特殊な才能がある、推理力がずば抜けているとか、霊能力があるとか。
秘密があったりミステリアス、別の世界観で生きている存在が、ヒーロー、もしくはヒロインになる。
自分の今までの世界の価値観を変えてくれる存在ですよね。
新しい可能性を示してくれる存在、別のものの見方を教えてくれる存在。
社会において成功もしたい、だけど、恋愛においても成功したいと思うのであれば・・・
システムの外側の存在として成功することが近道だと思いますね!(→ハードル高ぇな)
それか、相手をシステム外の人物にする!
年収や見た目、社会的地位や学歴などの今のシステムで重要視されていることは全部捨てることです。
システム内と外の存在が出会うことによって、新鮮な驚きが生まれ、新しい価値観ができ、新しい未来が見えてきます。
恋の始まりです!!
人は、常に「何か別のもの」の可能性を探しています。
新しい価値観や、生き方、可能性を感じさせる相手でないと、恋は芽生えないのです。
そこに革命は起きないのです。
というわけで、恋愛関係に、「平等」や「対等」を持ち出す人は、男も女も「絶対に」うまくいかないですよ。だって無理だもん。不自然なんだもん。
「平等」「対等」という言葉自体が、恋愛関係においては「暴力」「支配」という言葉に変換されるようにすら感じますね(印象)
みなさんの恋愛関係が上手くいくための、ヒントになれば嬉しいです(笑)
くれぐれも「呪い」として受け取らないでくださいね!
注!私はモテる人間ではありません。状況分析からの仮定・推測したにすぎません。
具体的な手練手管につきましては、「キャバ嬢が教える××」とか「銀座のママが教える××」などというマニュアル本を参考になさるといいかと思います。