ふと気づくことがあります。
気持ちが落ち着いている日、自分の中が静かに満たされている日は、人の言葉や人の様子があまり気になりません。
たとえば、朝ごはんをゆっくり食べられた日。
仕事の段取りが思ったよりもすんなり進んだ日。
好きなお茶を飲んで、少しだけ呼吸が深くなった日。
そういう日は、誰かが何をしているか、誰が自分より先に進んでいるか、そういうことにあまり心が引っぱられません。
反対に、心が乾いているときほど、外が気になります。
人の幸せがまぶしく見えたり、何気ない一言が引っかかったりします。
それは性格が悪いからではなく、ただ自分の内側の水分が少なくなっているだけなのだと思います。
満たされているとき、人は自然と内側にいます。
足りないものを探すより、いまここにあるものを受け取るほうへ心が向くからです。
だから、他人に目が向かなくなるのは、冷たくなったからではなく、自分の流れにちゃんと戻れているしるしなのだと思います。
東洋思想では、気が外に散りすぎると、心は落ち着きを失いやすくなります。
逆に、気がほどよく内側におさまっているとき、人は静かで安定しています。
陰と陽のどちらかが良いのではなく、外へ向かう力と、自分に戻る力の釣り合いが取れていることが大切です。
人を気にしてしまう日は、無理にやめようとしなくていいのです。
ただ、少し疲れているのだな、少し足りていないのだなと見てあげる。
そして、誰かを見つめる代わりに、自分が心地よいと感じるものを一つ戻してみる。
温かい食事でも、静かな時間でも、好きな香りでもかまいません。
人が気にならない日は、心が鈍いのではなく、心が満ちている日です。
その静けさの中にいる自分を、今日はそのまま信じてみてもいいのだと思います。