「本人の生き方かな、生き方が出るんでしょうんね。テクニックではないですよね。」晩年のインタビューで、高倉健さんはこのように語っています。
懸命に生きている人を演じるためには、自らも懸命に生きなければならない。お母さんが亡くなった時も、高倉さんは誰にもそのことは告げず、撮影現場をあけることはありませんでした。生きることは切なく、生きることは愛おしい。高倉さんはすべてを背負って、カメラの前に立ち続けました。
元々スタートしてのオーラがあったからこそ、映画会社の目にとまった、ということはあったのでしょう。しかしながら、人生のはみ出し者から、社会の底辺にいて信じる道を懸命に生きる人間を演じながら、高倉さんは自らの人格を高め、孤独に耐え、俳優高倉健としてのブランドだけではない、神々しいまでの人間性を磨いて行きました。事実、高倉さんと一緒に仕事をした人たちのすべてが、またあの人と一緒に仕事がしたいと言います。
ある人は高倉さんについてこんなふうに言っています。「負け続けの人生に嫌気がさし。失望や悲しみにとらわれても、こんな人がいるなら、もう一度人を信じてみたいと思わせてくれる人。」
あるいは「胸を張ってまっすぐ前を見て歩いていけば、日々の感動に出会える。美しいものが見えてくる。本当に大切なものがわかる。それを静かに確実に教えてくれる人。」
そしてこの人はこうも言ってます。「人にそう思わせる高倉さん自身のしんどさは、大変なものだと思います。その辛さを高倉さんは、外に決して見せないだけにね。」
続きます。