あなたのキャリア、まっすぐな一本線ですか?
「キャリアに一貫性がないですね。」
面接官の声に、少しだけトゲがあった気がした。
履歴書を見下ろす彼の視線が、私の職歴欄をゆっくりとなぞっている。営業、デザイン、カフェ店員、Webライター、イベント企画...。確かに、一見するとバラバラだ。軸がない。方向性が見えない。
世の中には、新卒から同じ会社で着実にキャリアを積み上げる人がいる。専門性を深め、その道のプロフェッショナルになっていく。履歴書は美しく一貫していて、「この人は何ができるのか」がひと目で分かる。
私のキャリアはそうじゃなかった。まるで毛糸が絡まったみたいに、あっちこっちに伸びていて、どこから解けばいいのか分からない。
でも、本当にそれって「ダメなこと」なんだろうか?
「一貫性信仰」という罠
私たちは子どもの頃から、こう教えられてきた。
「目標を立てて、計画的に進みなさい」「一つのことを続けることが大切」「コロコロ変わるのは、意志が弱い証拠」
確かに、それは正しい。でも、それだけが正解なんだろうか?
ある調査によると、アメリカ人は生涯で平均10回以上の転職を経験するといわれている。日本でも変わりつつある。もはや「終身雇用」という言葉は、昭和の遺産のようなものだ。
それなのに、私たちは未だに「一貫したキャリア」に価値を置いている。まるで、変化することが罪であるかのように。
実は、この「一貫性信仰」には、深い心理的な理由がある。
人間の脳は、パターンを好む。予測可能なものに安心する。だから、キャリアも「分かりやすいストーリー」であってほしいと願う。
「大学で経済学を学び、金融業界に就職し、着実に出世していく」「デザインを勉強して、クリエイターとして独立する」
こういうストーリーは、理解しやすい。安心できる。だから、社会は無意識にこういうキャリアを「正しい」と評価する。
でも、人生はそんなに単純じゃない。
ある人の物語:見えなかった「つながり」
30代半ばのある人の話をしよう。
その人は、大学を出てすぐ、地元の製造業の会社に就職した。でも1年で辞めた。理由は「なんとなく合わない」。周りは心配したが、本人もよく分かっていなかった。
次に選んだのは、全く違う分野のサービス業。接客の仕事だった。「人と関わる仕事がしたい」と思ったから。でも、これも長くは続かなかった。シフト制の不規則な生活に疲れ、3年で退職。
その後、しばらく働かない時期があった。周りからは「ふらふらしている」と見られた。でも、本人は必死だった。何がしたいのか、何が向いているのか、毎日考えていた。
そして、ふとしたきっかけでフリーランスの仕事を始めた。最初は小さな案件ばかり。でも、不思議なことに、過去の経験が全部つながり始めた。
製造業で学んだ「ものづくりの現場感覚」。サービス業で身につけた「相手の気持ちを読む力」。働かない期間に考え抜いた「自分らしい働き方」。
全部が、今の仕事に生きている。
バラバラだと思っていたピースが、実は一つの絵を描いていた。
計画なんて、後からついてくる
キャリア理論に、「計画された偶然」という考え方がある。
簡単に言うと、「計画通りにいかないことこそが、人生を豊かにする」という話だ。
ある研究者が、成功している人たちのキャリアを調べた。すると、驚くべきことが分かった。彼らの多くは、最初から今の仕事を目指していたわけではなかったのだ。
むしろ、予想外の出会いや、思いがけない出来事がきっかけで、今の道に進んでいた。
「たまたま参加したイベントで、今のビジネスパートナーに出会った」「失業中に始めた趣味が、今の仕事になった」「転職活動中に受けた面接で、全く違う業界に興味を持った」
計画通りじゃないからこそ、面白い。
もちろん、何も考えずにふらふらするのとは違う。大切なのは、「好奇心を持って、いろんなことに挑戦してみる」こと。そして、「経験をつなげて、自分なりの意味を見つける」こと。
もつれた毛糸は、解こうとするから絡まる。そのまま、色とりどりの糸として楽しめばいい。
多様な経験が持つ、本当の価値
一貫したキャリアには、確かに強みがある。専門性が高まる。その分野での信頼が得られる。
でも、多様な経験にも、別の強みがある。
1. 視野が広い
一つの業界しか知らないと、その業界の「当たり前」に縛られる。でも、複数の業界を経験すると、「当たり前」が実は「当たり前じゃない」ことに気づく。
例えば、製造業とサービス業の両方を経験した人は、「ものづくり」と「人との関わり」の両方の視点を持てる。これは、どちらか一方しか知らない人にはない強みだ。
2. 適応力が高い
転職を繰り返すと、「新しい環境に慣れる力」が自然と身につく。これは、今の時代に必要なスキルだ。
変化の激しい社会では、「一つのことをずっと続ける力」よりも、「状況に応じて柔軟に対応する力」の方が求められることもある。
3. 人とのつながりが豊か
いろんな仕事を経験すると、いろんな人に出会う。そして、その一つひとつのつながりが、後々の人生で思わぬ形で役立つ。
ある人は、過去に一緒に働いた人から、全く違う業界の仕事を紹介されたという。「あの時の経験が、今ここで生きるなんて思わなかった」と、その人は笑っていた。
経験は、貯金みたいなものだ。いつか、思わぬタイミングで引き出せる。
「もつれた毛糸」を愛する3つの方法
では、一貫性のないキャリアを、どう前向きに捉えればいいのか?
方法1:「点と点」をつなげてみる
スティーブ・ジョブズは、こう言った。「点と点はつながる。ただし、後からしか見えない」。
あなたの過去の経験を、紙に書き出してみよう。仕事だけじゃなくて、趣味でも、ボランティアでも、なんでもいい。
そして、「この経験から何を学んだか?」「今の自分にどう生きているか?」を考えてみる。
最初はバラバラに見えても、不思議とつながりが見えてくる。あなたのキャリアは、実は一本の糸だったりする。
方法2:「自分の強み」を再発見する
複数の経験をしていると、気づかないうちにいろんなスキルが身についている。
例えば、営業をやっていた人は「人を説得する力」がある。デザインをやっていた人は「物事を視覚化する力」がある。カフェで働いていた人は「細かい気配りができる力」がある。
これらを組み合わせると、誰にもないあなただけの武器になる。
方法3:「失敗」を「実験」と呼ぶ
「またダメだった」じゃなくて、「この仕事は自分には合わないことが分かった」。
「また辞めた」じゃなくて、「次に進むための経験を積んだ」。
言い方を変えるだけで、気持ちが軽くなる。そして、失敗を恐れずに、新しいことに挑戦できるようになる。
もつれた毛糸は、実は美しい
ある日、古いセーターを解いてみたことがある。
最初はただの毛糸の塊に見えた。でも、よく見ると、いろんな色の糸が絡み合っていて、それが何とも言えず美しかった。
キャリアも同じだと思う。
まっすぐな一本線じゃなくても、いい。バラバラに見えても、いい。大切なのは、その糸一本ひとつに、あなたの経験と成長が詰まっているということ。
そして、それを全部ひっくるめて、「これが私だ」と言えること。
もつれた毛糸のようなキャリアは、決して恥ずかしいものじゃない。むしろ、あなたが生きてきた証だ。
だから、自信を持って。
あなたのキャリアは、誰とも違う、あなただけの物語だから。
おわりに:自分らしいキャリアを歩むために
次の面接で、また「キャリアに一貫性がないですね」と言われるかもしれない。
でも、今度は堂々と答えられる気がする。
「はい、一貫性はありません。でも、すべての経験が今の私をつくっています」と。
一貫性のないキャリアを愛せるようになったとき、きっと人生はもっと自由になる。
さあ、あなたも「もつれた毛糸」を、そのまま楽しんでみませんか?