逃げ込むなら本の中に…太宰治「人間失格」
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コラム
私が太宰治の「人間失格」と出会ったのは
浪人生のときだったと思います。
うちの母は
将来は看護師になったら?
→看護師になりなさい
→どうして言うことが聞けないの
→あなたはいつもいつも…
→親不孝者・産まなきゃよかった
という考え方をする人でした。
今にして思えば母自身の心が弱く
〈言うことを聞いてくれない
=
自分を受け入れてくれない〉
と、つらかったのだろうと思いますが
向こうは親で、こちらは子ども。
向こうは大人で、こちらは未成年。
まして身を賭して産んでくれた母親です。
当時は、胸が裂けるほど辛い言葉でした。
正直、血が繋がっていなければいいと何度
思ったことか。
「本当の親子じゃないから
愛してもらえないんだ」
と、考えた方がラクだったからです。
しかし、残念ながら実の親子でした。
妊娠・出産は大なり小なり危険を伴います。
そうやって身を削って産んでくれたはずの母
から「必要ない」と言われることは、頻度が
少なくても、父親から注がれる通常の愛情の
存在を、かすませるほどの威力でした。
ですから、母イチオシの看護学部を志望せず
社会福祉の道を勝手に選択して、まして浪人
していた1年間は針のムシロのようでした。
それまで母から投げかけられた様々な言葉が
積もり積もって極限に達し、死を考えたこと
も、一度や二度ではありません。
そんなとき、人間失格と出会ったのです。
人に迷惑をかける自分は生きる価値がない
(しかも浪人生の自分は稼いでさえいない)
太宰は人間失格というほぼ自叙伝的小説で
私と同じ考えを持ち、その考えを私のように
ごまかすことなく突き詰めて考え、なおかつ
実行していました。
この人が私の苦しみを全部引き受けてくれた
と、救われた感じがしましたし、
この人が実行したなら私はやらなくていいか
と、肩の荷が下りた気もしましたし、
やったら逆に周りに迷惑かけるんだな
とも悟ったのです(笑)
太宰ほど周りに迷惑をかけ続けた人間でも
彼に生きていてほしいと思う人は常に存在
していたことが、本作を読むとわかります。
あなたの周りにもきっと、いるはずです。
どうか…思い出して。