今日もお読みくださっている皆さん、心より感謝申し上げます。いつもありがとうございます。
何回か前の人の呼吸に寄り添う話から、ここのところ急に丹田の話になってました。
ご自身の呼吸や心身のケアを疎かにしたままで、他の誰かの呼吸を手助けしようなどとは思わないでくださいとお伝えしたかと思いますので、その意味で丹田の気付きはとても大事なことだったのです。
相手の体や呼吸を前にして緊張したりビビったりする気持ちは、相手の命を尊重しているという意味では大切な感覚ですから、それを消し去ろうとする必要は無いと、僕は感じています。
いつ如何なる時も、心を込めて慎重に扱うべき対象だと思います。
それを、過度の恐怖として肥大させない為に、自身の命も同じ重さである事実を体感として内包している必要があります。
下っ腹に力を入れたりとか、そのようなオプショナルな努力、付け足しでは無く、元々自分の中にあるものに気付くこと、それが丹田への目覚め・気付きです。
そのように辿り着いた大切なエネルギーは、発信する方向性は勿論のこと、それが受容する、あらゆる全てを受け容れる器としての機能をも持ち合わせていることに気付かせてくれます。
このことは例えば、黙って人の話を聞く力にもなります。
人の呼吸を支えはするものの、自分の努力でこの人(の呼吸)を何とか変えてやろうといった無意識・上から目線からは、安全に自分を解放してくれます。
今日はここから、ちょっと不思議な呼吸の眺め方をご紹介します。
やっぱりそれは呼吸法なんかでは無く、呼吸はそのままに、それをどのように認識するか、というお話です。
丹田の感覚が活性化しているという前提で、両方の掌で骨盤の周囲全体を優しく撫で回します。男性の和装で言うと、ちょうど帯が巻いてある地域です。そこをぐるりと何周も両手で撫でます。
勿論表面的なことでは無く、骨盤の内側を感じるように丁寧に触ります。
そしてある時から撫で回すのをやめて、掌で骨盤の呼吸を感じます。前後から、左右から、斜めから、両手を色んなパターンで置き換えながら、何処にでも伝わって来る動きを認識してあげてください。何日か前の、ひたすら仙骨に手を置く作業を熱心にやった方であれば、骨盤の後ろ側も本当によく動く実感が得られていると思います。
そうしましたら、ここからが本番です。
ここからは少しずつ、骨盤から手を離してゆきます。今度は物理的な呼吸の動きよりも、自身の呼吸や、丹田に代表されるような内なるエネルギーが、醸し出す何か、を感じようとしてみてください。
自分の感受性に任せて、どんどん手が離れて行っても構いませんし、慎重派の方ならほんの少ししか手を離せないかも知れませんが、それはそれで良いんです。
どうですか、やろうとしている意味がお分かり頂けているでしょうか。
体と、体が醸し出すもの。
そしてそれが、呼吸と共に鳴動している様子。
分かり難い場合は、もう一度手を体に着けたり、また離したりと、慌てずに繰り返してみてください。
自分の呼吸や、存在そのもののテリトリーが実際にあって、それが所謂肉体のリアルサイズに収まるようなものでは決して無いこと、元から与えられている自由という権利の意味を、体感出来る可能性があります。
満員電車は、このエリアに知らない人が密着しています。だからせめて、注意喚起されている最低限のマナー位は守ってもらいたいですよね。
これも、ひとしきりやり終えたなら、必ずその後の自分の心身の様子をじっと味わう時間を設けてあげてください。
呼吸はどのように感じられるでしょう。
それを、一切の意識的な介入無く見守ってあげてください。
つづく