目に見えない烙印と、魂を削る心の旅

目に見えない烙印と、魂を削る心の旅

記事
コラム
「スティグマ」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。これは、ある特定の特徴や属性を持つ人たちに対して、周囲が一方的な否定の目を向け、まるで目に見えない「烙印(らくいん)」を押してしまうことを言います。その冷ややかな視線は、時に鋭い偏見となり、時に不条理な差別となって、誰かの心を深く傷つけています。

例えば、医療や精神疾患の現場がそうです。「うつ病になるのは甘えだ」「自己管理ができていないからだ」といった誤った思い込みは、今なお根強く残っています。病と必死に向き合っている人に対して、そうした心ない言葉を投げかけることは、どれほどその人を孤独に追いやってしまうことでしょうか。

そして、このスティグマが本当に恐ろしいのは、その刃がやがて自分自身へと向かってしまう点にあります。社会にあふれる偏見を内面化し、「こうなったのは自分が悪い、恥ずかしいことだ」と思い込んでしまう状態。これを「セルフスティグマ(自己スティグマ)」と呼びます。誰の助けを借りることもできず、自分を責め続けてしまうことで、本当に必要な医療や支援の手を求めることすら躊躇(ちゅうちょ)させてしまうのです。

しかし、そうして重い足取りでようやく精神科や心療内科、カウンセリングの扉を叩いた先には、もう一つの、言葉に尽くせないほど深く壮絶な現場が待っています。

精神医療という領域の難しさは、外科のように目に見える病理をメスで鮮やかに切除すればすべてが解決する、というわけにはいかない点にあります。ここで求められるのは、患者自身の脳が作り出してしまった「認知の歪み」を、対話を通して丁寧に紐解いていく作業です。それは決して、教科書通りの医学的知識だけで割り切れるものではありません。

医師やカウンセラーは、日々、患者が抱える深い苦悩や激しい感情の渦に、自らの意識を投じることになります。相手の苦しみに深く寄り添い、その世界に「巻き込まれる」ことを恐れては、本当の理解にはたどり着けません。しかし同時に、完全に巻き込まれて自分自身を見失ってしまえば、今度は相手を救い出す光にはなれないのです。「巻き込まれながらも、巻き込まれすぎない」という、極めて繊細で、奇跡のようなバランスを保ち続けなければなりません。

そして時には、相手が抱える闇があまりに深いならば、その心のいちばん底辺、暗闇の奥底までをも覚悟を持って共に歩んでみる。それこそが、この医療の本質なのだと感じます。

だからこそ、この仕事は、向き合う側の「個性」や「人間性」、そして文字通り「魂を削るような思い」を伴います。患者の人生を背負うほどの覚悟を持ち、自らの心をもすり減らしながら、日々、目の前の一人と向き合い続ける。そこには、科学の枠を超えた、人と人との魂の営みがあります。

誰もが自分らしく、怯えずに生きていける社会。そのためには、私たち一人ひとりが心の中にある無意識の烙印に気づき、そっと剥がしていく優しさが必要です。そして同時に、暗闇の底で誰かの手を握り締め、共に闘ってくれている医療従事者たちの存在に、私たちが深く思いを馳せることもまた、大切なことなのかもしれません。

                          沙門蒼俊  合掌


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す