最新バージョンになれない僕らへ-万能ではない脳で、今日を刻む

最新バージョンになれない僕らへ-万能ではない脳で、今日を刻む

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コラム
スマートフォンの画面に「システムアップデート」の通知が届くたび、私たちはごく自然に、その指示に従って指先を動かします。昨日よりも速く、よりスマートに、より安全に。そんな風にシステムが書き換えられていく様子を眺めていると、ふと、静かな疑問が胸の奥に湧き上がってくるのです。

「自分自身を動かしている、脳という名のOSは、果たして万能なのだろうか」と。

現代社会は、そこに生きる私たち人間に対しても、まるで精密機械であるかのような「最新バージョン」への書き換えを執拗に求めてきます。新しいスキルを身につけ、目まぐるしく変わるトレンドを把握し、溢れる情報を効率よく処理する。常に時代の最先端に適合したOSでいなければ、社会という大きなネットワークから切り離されてしまうのではないか。そんな、実体のない焦燥感に背中を押されている人は、決して少なくないはずです。

しかし、立ち止まって考えてみれば、私たちの脳や心、そして身体は、デジタルのコードで書かれた機械とは根本的に異なります。

新しい知識を詰め込んだからといって、すぐに完璧に使いこなせるわけではありません。時にはバグのように同じ過ちを繰り返したり、過剰なタスクを抱え込んでフリーズしてしまったりすることもあります。それは私たちが劣っているからではなく、人間という生命体が持つ、あまりにも自然な揺らぎに過ぎません。それなのに私たちは、万能ではない自らの脳に無理をさせ、常に最新のパフォーマンスを発揮させようと、自分自身をすり減らしてしまっているのではないでしょうか。

いつも最新のOSでい続ける必要など、本当はないのかもしれません。

少し古いバージョンのOSには、それにふさわしい、穏やかで愛おしい時間が流れています。効率は少し悪いかもしれないけれど、だからこそ、道端に咲く花の色に気づく心の余白が生まれます。利便性には欠けるかもしれないけれど、だからこそ、誰かの不器用な優しさに深く感謝できる温もりが残ります。すべてが洗練され、最適化された世界からはこぼれ落ちてしまうような、人間らしい味わいや美しさは、むしろ「最新ではない状態」にこそ静かに宿っているように思えてなりません。

何でもスマートにこなせる万能さを追い求めるのを、少しだけやめてみる。時代のスピードからあえて一歩遅れた、自分だけの愛着あるバージョンのままで生きていく。

窓の外を流れる景色が、いつの間にか夜の色に染まっていくように。私たちは誰かに決められたタイムラインを急ぐ必要はないのです。効率や新しさという眩しい光の陰で、アップデートを止めた古いOSは、今夜もただ静かに、そして確かに、私というかけがえのない一日を刻み続けています。

                          沙門蒼俊  合掌
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