司令塔の悲鳴、そして目に見えない連鎖のなかで

司令塔の悲鳴、そして目に見えない連鎖のなかで

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コラム
うつ病を「脳の癌(がん)」と表現するとき、その言葉の持つ意味は想像以上に重く、そして複雑です。

なぜなら脳という臓器は、私たちの五感や五臓六腑、つまり身体のすべてをコントロールする「絶対的な司令塔」だからです。その司令塔がエラーを起こして機能不全に陥るということは、単に気分が落ち込むというレベルの話ではありません。司令塔そのものが傷つくことで、今度は身体のあちこちへ、さまざまな不調の「きっかけ」を誤って指示してしまうようになります。

私自身、この目に見えない疾患に冒された際、ひどい肩こりや激しい倦怠感に長い間苦しめられました。それは心の問題などではなく、脳という司令塔が狂いを生じさせ、身体に肉体的な痛みや疲弊を命じていた証拠だったのです。原因が目に見えないからこそ、正しい治療に辿り着き、回復の兆しを掴むまでには、本当に膨大な時間を要しました。

さらにこの病の残酷さは、その「罹患(りかん)歴の長さ」にあります。うつ病は多くの場合、長い年月をかけて付き合わねばならない慢性的な病になりがちです。そして、その長い療養の途中で、もし他の病気に罹ってしまったらどうなるでしょうか。ただでさえ司令塔が弱り切っている肉体に、新たな負荷が覆いかぶさる。身体は逃げ場を失い、より一層激しい苦しみと孤独な立場へと追いやられてしまいます。

だからこそ、まずは患者自身がこの病気を「脳の癌」であると正しく自覚し、受け入れることが何よりも重要になります。自分は甘えているわけでも、心が弱いわけでもない。深刻な脳の病気と戦っているのだと、まずは自分自身が認めてあげることからすべてが始まります。

しかしここで、どうしても注意しなければならない現実があります。
世の中には、「食べ物だけでうつ病が治る」といった極端な民間療法や、「現代の薬は危ない」といった不安を煽るセンセーショナルな表題を掲げた書籍が数多く存在することです。藁にもすがりたい思いの患者本人や、心配のあまり焦るご家族がこうした極端な情報に触れると、大きな誤解を生み、適切な医療から遠ざかってしまう原因になりかねません。

そして何より悲しいのは、こうした「心がけや環境次第で簡単に治る」という誤った言説こそが、「うつ病になるのは気が弱いからだ」といった根拠のない偏見や差別的な言葉を生み出す温床になっているという事実です。癌を患った人に「気が弱いからだ」と言う人がいないように、うつ病もまた、個人の気根や性格のせいにされるべき病ではないのです。

癌が身体を蝕むように、うつ病は脳という司令塔から、人間の生きるエネルギーと身体の調和を静かに奪っていく病気です。私たちはこの病を「心の風邪」などという軽い言葉で片付けたり、無責任な情報に惑わされたりしてはなりません。誰もがこの深刻なエラーを起こす可能性を持っていること。そして、目に見えないところで司令塔が悲鳴を上げ、全身で戦っている人がいるということ。その痛みの全容を、私たちはもっと科学的に、そして温かい眼差しで正しく理解し合う必要があるのではないでしょうか。

                          沙門蒼俊   合掌
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