うつ病という心の病に、不運にも見舞われてしまう背景には、「仕事」が深く関わっているケースが多々あります。
労働そのものの厳しさ、職場における人間関係の脆さ、あるいは過酷な労働環境。
私たちはそれら無数の苦しみを乗り越える対価として、時給や日給、月給という名の「お金」を得ています。
そして明日もまた、同じ営みを繰り返していくのです。
しかし、その終わりのない繰り返しに心が耐えきれなくなったとき、人は不眠や深い悩みといった「ストレッサー(悩みの原因)」を抱え始めます。
かつて私がカウンセリング事務所でロールプレイングをしていたときのことです。
「もし、その仕事を無償でやらなければならないとしたら、どうしますか?」
と問いかけられました。私は思わず
「そんなの、やるわけがないじゃないですか」
と苦笑交じりに返したのです。
すると相手は、静かにこう言いました。
「だったら、辞めてしまえばいいのですよ」
と。
その瞬間の衝撃は今でも忘れられません。
まさに、目から鱗が落ちる体験でした。
さらに教わったのは、ストレッサーが仕事であると明確に分かっているならば、就業時間を一歩超えた瞬間から「仕事のことを考えるのをやめる」ということです。
もし、就業時間外に飲み会で愚痴を言い合ってすっきりとストレスを発散できるのであれば、話は別かもしれません。
しかし、プライベートの時間にまで仕事の悩みを引きずり、悶々と考えてしまうのは、「自分の給料の価値を自ら下げているのと同じことよ」と言われたのです。
簡単な算数をしてみましょう。
例えば、1日8時間働いて8,000円をいただく仕事があるとします。この場合の時給は1,000円です。
しかし、もらえる給料は8,000円のまま変わらないのに、家に帰ってからも2時間仕事のことで悩み続けたとしたらどうでしょうか。「8時間+2時間=10時間」となり、8,000円を10時間で割ると、実質の時給は800円にまで下がってしまうのです。
もちろん、悩んでいる2時間分に対して、会社から200円の時給が追加で支払われるわけではありません。
それならば、その2時間、悩むのをいっそやめてみてはどうだろう、と思うのです。
もちろん、長年の思考の癖をいきなり切り替えるのは、決して簡単なことではありません。しかし、その「捉え方を変えていく一歩」こそが、まさに認知行動療法の第一歩なのだと感じています。
沙門蒼俊 合掌